泣いちゃいます
古槍さんとのお茶会が終わって、僕らは家へと帰ってきた。
さっちゃんはとりあえず家に帰って、あれこれやってからくるとのことだった。まあ、隣だからそんなに時間はかからないと思うけど。
「それじゃあ僕は犀愛ちゃんにこれを届けてくるよ。瑞樹は引き続き作業よろしく」
僕は部屋にあるパソコンの前に座っている瑞樹に声をかける。
「任せといてよー。瑞華が帰ってくる頃には起動できるようにしとくからさー」
瑞樹は振り向かずに手をひらひらとさせる。
さて、今瑞樹がなにをやっているかというと、CDーROMの中身を解凍している。そう、先ほど古槍さんから受け取った犀愛ちゃんに渡すためのやつだ。
もちろん本物は僕の手だ。瑞樹が今やっているのはそのコピーディスク。
『それの中身は危険だからみたらダメだぞ。一応見れないよう処理が施されているが、万が一中身をのぞいたとき、降空にわかるようになっているからな』
これは古槍さんの喫茶店での言葉。
しかし古槍さんも僕ら子供の心理をわかっていない。
「見たらダメと言われたら見たくなるよね」
「しかも危険とか言われたら余計にねー」
というのが僕らの見解である。だから、古槍さんが言っていた厳重なプロテクトを瑞樹が今解いているところなのだ。
瑞樹はその何重にもかけられたプロテクトを見て
「元々誰かに見せるための物だから、厳重っていっても僕らでも何とかなるレベルだよ」
と言った。
僕も見せてもらったけど、確かに何とかなりそうだった。だから僕と瑞樹は分担して行動することになった。
僕は念のために、犀愛ちゃんに電話をかけてみた。
『おう。あたしだ』
相変わらずすごい電話の受け方だ。
「犀愛ちゃん、今どこ?」
『ん? なんだ瑞華か。今か? まだ学校だよ。今から帰るとこだ』
電話で僕と瑞樹を見分け(聞き分け?)られるのは両親と犀愛ちゃんぐらいなものだ。犀愛ちゃんいわく、「双子っつっても別な人間だ。多少の違いってやつはあるもんだ」らしい。その多少の見分けがつかないからみんな間違えるんだけどなぁ。
『なんだ? なんかあたしに用でもあるのか』
「うん。ちょっと渡したい物があるから待っててくれないかな?」
『渡したい物? なんだ誕生日プレゼントでもくれるのか?』
「あれ? 犀愛ちゃん誕生日、今ぐらいだっけ?」
『いや、全然? あたしはもう終わったよ』
じゃあ何でそんなこと言ったのさ。
「ま、とにかく今から行くからさ、ちょっと待っててよ」
『おう。さっさとこいよ?』
「すぐだよ。今も歩いてるし」
『なんなら迎えに行くぞ?』
「いいよー。もう橋渡りきるとこだから。じゃあまた後で」『はいよ』
ぶつっ、と通話が切れる。また後でとか言ったけど、もうすぐにでもあえるんだよなぁ、とか思いつつ校門をくぐる。
犀愛ちゃんの車は、真っ赤なコブラだ。いつも思うんだけどあの人は小さい頃に読んだ小説のキャラにハマりすぎな気がする。…僕も「彼女」のキャラは好きだけど。女として、あんなカッコいいキャラは他にはそうそういないだろう。
それにしても、真っ赤なコブラは目立つ。ただでさえこの駐車場に不似合いなコブラなのに、真っ赤だからその異様さに拍車がかかってる。
僕はその真っ赤なコブラに近付いて、(アイドリングストップだった。地球をいたわる気はないらしい)コンコン、と窓を叩く。
「おう。早かったな」
窓が開くと、サングラスをかけた犀愛ちゃんが顔を出した。
こうしてみると、やはり「彼女」にそっくりだ。あの小説が実写化したら犀愛ちゃんが彼女の役だろう。
*ちなみに「彼女」の詳細は西尾○新先生、戯○シリーズの人類最強の項を調べて下さい。「でも、さすがに目と髪は赤くないけどね」
「ん? なんの話だ?」
「何でも無い。こっちの話」
閑話休題。
とか言ってみたり。
「で? 渡したい物ってなんなんだ?」
犀愛ちゃんはサングラスを外し、ハンドルにもたれかかる。僕は犀愛ちゃんのいるドアの前から離れ、反対側の助手席側に乗ろうとする。
ガチャガチャ。
開いていなかった。
「って、なんで鍵を閉めるのさ!」
「いや、何となく? 勝手に乗り込もうとするからつい、な」
「意外と大切な話をしようとしているのにこの扱いはひどいよ」
「乗せて下さい犀愛様って言ったら、乗せてやらんこともない」
「いや、そこまで言わせて乗せるかどうか悩まないでよ! 乗せてやろうよ」
「しかし、あたし以外が乗るとこの車黄色くなっちまうんだよ」
「なるわけないでしょ。どんな車だ」
これこそ閑話休題。
本題に入ろう。
「で、これなんだけど」
何とか車に乗せてもらい、封筒を犀愛ちゃんにわたす。
「いやぁ、さすがいーたん。いい土下座っぷりだった」
「だれがいーたんだ。僕はあんなヘタレでカッコいい戯言遣いじゃない。それに土下座なんてしてないし」
そもそも僕は女だ。件のいーたんは男だ。それに僕が好きなキャラクターは無桐伊織(零崎舞織ともいう)だし。
「あたしは断然哀川潤だけどな。それか千賀てる子」
なぜそこでてる子さん?
「というか、さっきまで『彼女』とか哀川潤の名前を伏せてた僕がバカみたいじゃん」
「あんな偉大なキャラクターを伏せ字にするお前がバカなんだよ。どう伏せたってバレバレなんだから、意味ねぇじゃねえか」
封筒の中身を物色しながら言う。
「で、このCDーROMはなんなんだ? 見たところあまり聞きたくない話みたいだけどな」 戯言話は終わったようだった。僕的には「曲識さんとかカッコいいよね」とか話したかったんだけど。
「犀愛ちゃんの知り合いから預かったんだよ。古槍って人から」
僕のその言葉に犀愛ちゃんはピタッ、と動きを止める。そして僕の顔をじっと見る。
……目つきが怖い。
「………古槍だと?」
僕のことをじっと見ながらそう言う。先ほどまでのふざけた雰囲気はもう微塵ほどもなかった。
まあ、こうなると思ったから車に乗り込んだんだけど、今更逃げたくなってきた。
「お前、その男とどこで知り合った。…いや、その前に確認な。そいつの名前は古槍朔士か?」
「うん。そう名乗っていたよ。苦笑いが板についていた人だった」
「間違いない、か。あたしとしては間違いであって欲しかったけどな。んで、そいつはなんて言ってた?」
犀愛ちゃんは目線を僕からCDーROMに戻す。
今のやりとりだけで寿命が三年ほど縮まった気がする。
「合わせる顔がないからそれを渡してくれって。中身は企業秘密らしいよ」
「はっ! 合わせる顔がないからだって? バカにしやがってあのクソ野郎が! あたしのかわいい生徒を使いっぱしりにするとは何様のつもりだ!」
なんか、すごいキレてる。見たこともないくらいキレてる。どのくらいキレてるかって言うと、なんかもうオシッコをちびっちゃいそうなほど。ひたすら怖い。僕に向けて怒っていたら僕は確実に泣いてしまうだろう。
哀川さんに怒られた姫ちゃんの気持ちがわかりそうだった。
「じ、じゃあ渡す物も渡したし、僕はここらで帰るよ」
「あぁ?」
「ひっ!」
にらまれた。もうそれだけで泣きそうだった。
そんな震え上がっている僕を見て、犀愛ちゃんはため息をつく。
「悪い。少し胸くそ悪くなってた。お前はなにも悪くないな」 悪かった、ともう一度謝られる。頭まで下げて。
「ううん。気にしてないよ? だから頭上げてよ。ただちょっと、…いやすごく」
「すごく?」
「こ、怖かったよぉー」
それで緊張の糸が切れたのか、どっと涙が溢れてきた。
「お、おい?! 何で泣くんだよ!」
「だ、だって~」
もうこうなると自分の意志とは関係なく涙が溢れてくる。
そんな僕を見ておろおろする犀愛ちゃんは、なんかとても新鮮だった。
「落ち着いたか?」
ソファに座ってる僕に犀愛ちゃんは感ジュースを放り投げる。
犀愛ちゃんは泣いてる僕を連れ出し、理事長室につれてきたわけだが、心配そうに僕の顔を見る。
「うん。ごめんね、迷惑かけて」
「かまわないさ。もともとはあたしが悪かったことだし」
理事長デスクに着くと、犀愛ちゃんはパソコンを立ち上げる。どうやらここでCDーROMの中身を確認するらしい。
「じゃあ僕はこれで失礼するよ。作業の邪魔になりそうだし」
「ん、別に気にせんでもいいのにな。…うん。おつかれさん。今日は悪かったな」
パソコンをいじる手を止め僕の方を見る。
いつもの目つきは怖いが優しい顔の犀愛ちゃんだった。僕はそれを見て安心する。
「じゃあ、また明日ね」
僕は理事長室を後にしようとし、
「ああ、瑞華」ドアを開けたところで声をかけられた。「言っておくが、これの中身を見ようなんて思うなよ?」
その言葉に僕は一瞬、ほんの一瞬だけ息が止まる。
「そんなこと、しないよ。そもそもCDーROMは犀愛ちゃんに渡しちゃったじゃない」
僕は振り向かずにそう言った。今、顔を見られたらバレちゃいそうだから。
「ん、それもそうだな。引き留めて悪かったな。また明日」
「…うん」
僕はそのまま、理事長室から出て行った。




