犀愛、仕掛ける。
日本全土を巻き込んだヴァーチャルスリープ(巷ではそう呼ばれている)が起きた夜、何の前触れも無く私の家に一人の客が訪れていた。
「こんばんは。ミス犀愛」
書斎に入ると何やら目立つ存在が机の上に座っている。金髪で碧眼のオッドアイ。そして、このえも言わぬ存在感。
「高坂…、いやブラックリリィか。あたしに何のようだ?」
「あら、あまり驚かないのね。つまらないわ」
本当につまらなそうにため息をはく。私が驚くことを期待でもしていたのだろうか。
種明かしをしてしまうと、アリオスから連絡が入りヴァーチャルに異変が起きたことを聞いていたので、こいつの仕業だろうと何とはなしに思っていたからである。
「まあいいわ。用、ってほどのことはないのだけれど、あなたに伝えたいことがあってね。良い知らせと悪い知らせがあるのだけれどどちらから聞きたいかしら?」
組んだ足の上に肘を立て、両手にあごをのせニコニコしている。どうにも胡散臭い笑顔だ。
「それは、瑞華に関係があることなのか? それともヴァーチャルに、あたしに関係のあることか?」
私は持っていたお盆――グラスにワインが乗っている――をブラックリリィが座っている脇において、書斎机の椅子に深く腰かける。椅子がブラックリリィの背後にあったため、彼女は机から降りて私の方へ向き直る。
「どちらも、と答えておきましょうか。あなたにも関係ありますし、瑞華さんにも関係あると」
「煮えきらない答えだな。まあいい。話せ」
彼女の目をまっすぐ見据える。嘘などつけぬように、その奥の根底の問題もしゃべらすために。
しかし彼女はそんな私を見て口に手を当て笑う。
「ふふっ。そんなに睨んでも私はあるべきことを話しますよ?」
近くにあるオットマンに腰かけるとそう言う。余裕のある笑みを浮かべ。
「ではまず良い知らせから。これは瑞華さんのことですね。彼女の心に巣くっている黒いものはもうすぐ消えますよ」
「心にある黒いもの?」
「ええ。気づいていると思いますが、瑞華さんは瑞樹さんをなくしたことにより精神的に深く傷ついていました。それは憎しみや恨み、などと言った負の感情により今の彼女を突き動かしています。それが、もうすぐなくなります」
「へぇ。ほんとに良い知らせだな。何かの罠か?」
すぐには信じられない。この女と契約してからの瑞華は確かにみるみる元気になっていったが、どこか黒い影があるのも犀愛は気づいていた。だから、このブラックリリィという不吉な存在の言うことは真に受けるにはとてもではないができない。
「そうではないですよ。私は事実しかのべませんから」
あの笑顔を絶やさずに続けてしゃべる。
「何せ、瑞樹さんが帰ってくるのですから」
「…何だと?」
がたっ、と椅子から立ち上がる。この女は今、何て言った?
「あはっ、やっと驚いてくれましたね。そうです、その顔が見たかったのですよ」
満足げにひと笑いすると、そのまま立ち上がる。
「これが良い知らせです。では続いて悪い知らせの方を話しましょうか。まあ言うほど悪いことではないのですが」
私の対面へ足を運ぶとひとを嘲笑うかのようにさらりと恐ろしいことを言う。
「今眠っているヴァーチャルユーザーが、瑞華さんを除いて全員死ぬだけですから」
「な……!?」
言葉が続かなかった。こいつの言った言葉が頭のなかで反芻されて、理解したときにそんな馬鹿なことがあってたまるか、といいたかった。しかしこの女の顔は冗談を言っている顔ではなかった。
「冗談、だよな」
「いやですね。先ほど言ったばかりじゃないですか。私は事実しか述べないと」
なので間違いなく全員死にます、とにっこり笑う。
「そしてあなたにとって何が悪い知らせかと言うと、そのユーザーたちを殺すのは他でもない瑞華さんです。あなたの大好きな、ね。さらにその後、アリオス社は突然の倒産。ヴァーチャルは無くなるというわけですね」
言うだけ言うと私に背中を向けて部屋から出て行こうとする。
「伝えたかったのはこれだけです。では、お邪魔しました」
「ま、まて!」
扉に手をかけたその女を引き留めた。
「なぜそんなことをあたしに伝えた? そんなことを聞いたらそれを阻止しに行くに決まってるじゃねえか。それとも、あたしにもダイブさせるのが目的か?」
「べつにただの親切心ですよ。あなたがなにも知らないまますべてが解決し、そして何も知らずに消えてしまうなんてかわいそうだと思っただけですよ」
それでは、と部屋から出ていった。
あいつの言っていることが本当なのだとしたら止めにいかなければいけない。何万人もの人が死ぬのは別にどうでもいい。私が消えてしまうのも。でも瑞華がその引き金となっているのなら、黙ってみているわけにはいかない。
◆ ◆
リリィのゲームの説明が終わると広場にいるやつらは立ち上がっていた五人を囲った。あたしはそんなことに興味はなかったので帰ろうと思ったが、一人のアバターに目がいった。
(あいつ、さっきのやつじゃん)
黒いドレスを着た猫耳のアバター。リリィにひれ伏さなかった五人のうちの一人。そいつの手のひらにみるみるなにかが、魔力の塊が溜まっていくのがわかった。
(あの魔力密度…! あいつ、囲っている連中を力づくで蹴散らす気か?)
そうとわかったら体が動いた。
おそらくあの魔力量で攻撃なんてしたらひとたまりもないだろう。
別にやつらを助ける義理はないが、目の前で見殺しにする理由もない。
「おい、あんたら! そろそろいいだろ!」
群がるアバターをどかしながら猫耳のアバターのところにまでいく。
「恥ずかしくねえのか。こんな子猫ちゃんによってたかって」
私が声をかけると手に溜まっていた魔力は霧散して、そのアバターはポケッとした顔をしていた。
そのあと色々と周りに居るやつらに一言二言、言ってやるとそそくさと私たちから離れていった。
猫耳のアバターと出口までとりとめもない話をして、そして別れた。
「またな」
「うん。また」
会える保証なんてないが、あいつとはもう一度会えそうな気がした。
というかしゃべった感じあいつは瑞華に似ている。
「案外瑞華だったのかもな」
ヴァーチャルの欠点は、本人がアバターになっていることだ。口調や性格は隠しようもなくアバターにまで影響を与えてしまう。だからあたしは一人称を「俺」にし、口調を男言葉に直した。このアバターも本来のアバターとも、ここに来る間に変換されたアバターとも違う。自分の姿を隠すために全身フルメタルで固めた。この姿ならおそらくリリィも気づかないだろう。念のためやつの前では頭を下げた。
そしてわかったことはひとつ。ブラックリリィはこちらの変換後のアバターを把握しきれていない。なぜならあいつが招待した客は二人。そのうちの一人は他でもない私だ。だから二人のうち一人しかたっていられるやつが居なかったのに、やつは二人以外にも三人いるといっていた。本来なら招待したやつの他に四人普通ではないやつが混ざっているのに気づいていない。
これなら不意をつくことができるかもしれない。慎重に行動しなきゃな。
「そう思っていたのに、これじゃ逆に目立つな」
さっき猫耳のアバターを助けたせいか、私の周りから人が消えていた。
別に誰かと組もうとか思っていなかったので、これはこれで好都合だが、リリィから見たら目立ってしまう。まあ大丈夫だとは思うけど。
「俺も帰るか」
がしゃがしゃとうるさい音を立てながらその場をあとにする。
どうせここ以外にも他のアバターと交流できる場所があるはずだから、長居は無用だ。
はいっ、鉄仮面は犀愛でした!
こちらもそうする予定ではなかったけど、なぜかこういうことに…?
次も一応犀愛ちゃん視点で進めたいと思ってます。
そして親友のさっちゃんはいずこに…?




