選別と陰謀の開始
回り始めた運命の歯車。
初めはゆっくりと、動いているのか止まっているのか判断できないほどゆっくりと。
意識しても気づかないくらい、しかし確実に動いていく。
歯車の中心は『復讐』の使者。そしてその主人。
歯車に巻き込まれるのは果たして、何人か。
一人か。
百人か。
それとも、誰もいないのか。
回る歯車。そのスピードは徐々に加速していく。
物語は止まらない。
彼女たちが向かう道は一寸の光もない修羅の道。
彼女に見初められたとき、巻き込まれるのはあなたかも知れない。
異変に気づいた。
それは毎日のようにヴァーチャルへとダイブしている若者達だからこそ気づいたことなのかもしれない。北端から南端まで、余すところなくインターネットが普及している場所にその異変は例外なく訪れた。その中の一人の少年がその異変に気づいた。後に事件へと発展するこの出来事の最初の発見者であり、最初の被害者。
少年はいつも通り学校から帰るとパソコンの電源を入れ、ダイブをした。しかし、ダイブした先はヴァーチャル空間ではなかった。一面真っ黒な空間だった。しかも自分の体もアバターではなく、生身のものだった。
「これは、一体…」
戸惑いながら辺りを見渡すと暗い空間の先に一筋の光を見つけた。どうすることもできないのでとりあえず少年はそこへと向かう。
辿り着いたのはおとぎ話に出てくるような大きな城だった。少年が正門に立つと門が勝手に開く。…入れと言うことなのだろうか。
「……誰かいるんですか?」
城の中に入りひとまずそう声をかけてみる。中は薄暗く、とても誰かが住んでいるとは思えなかった。しかしそんな城の中で少年の声に応える声があった。
“こっちよ。いらっしゃい”
頭の中に響くような声だった。澄んでいて綺麗とも可愛いともとれる声。少年はその声に誘われるようにふらふらと歩き出す。
“その扉を開けるの”
眼前に立っている大きな扉を見上げるとそういわれた。軽く触れてみると扉は淡い光を放ち自分で開いていく。
扉が完全に開いて、その奥にいたのは年端もいかないような少女だった。映えるような金色の綺麗な髪。ダークブラックのドレス。見た目は少年と同じくらいの年にしか見えないが、彼はそんなものを考える余裕なんてなかった。なぜなら、彼女を見た瞬間から‘怖い’と思ってしまったからだ。何が怖いのかわからないし、なぜ自分の体からこんなにも冷や汗が出るのかわからなかった。恐らく彼はまだ幼いからだろう、本能的に彼女の本質を悟っているのだ。
「あらあら、そんなに怖がらなくてもいいのよ? 私はなにもしないわ」
少女は豪奢な椅子に座っており、まるで少年を見下ろすように少し高い場所にいる。彼女の瞳はこの暗がりの中でもさらに黒く、まるで輝いているようだった。少年は震える体を自分の両手で抱き締めて、少女に声をかける。
「ここはどこですか? 貴女は誰ですか?」
普段教師にも使わないような言葉遣いが出てくる。その事に少年は自分でも驚く。
そんな彼の様子を見て少女は口に手をあて笑う。
「ふふ、驚くのも無理はないわね。でも、それが自然なのよ。私の前に立つと言うことは、王の眼前に立つと言うことなのだから。私の前では口調は変わり敬語へと、そしてひれ伏すのが礼儀」
少年はその言葉を聞き自分が跪いていることに気がつく。もはや何がなんなのかわからなかった。
「アバター名、‘シルバーフェリット’。プレイヤー名、桜井柊樹。竜胆小学校五年生。両親と姉の四人暮らし。最近姉に恋人が出来たことを不快に思っている。いわゆるシスターコンプレックスの気がある。ヴァーチャル内ではグループ‘銀の槍’のリーダー。その卓越した弓捌きに並ぶものはいないと言われている。アバター年齢は9歳。若干11歳にしてそのアバター年齢だとかなりやりこんでるわね」
彼女は少年のプロフィールを読み上げるように口に出す。門外不出のはずのリアルがすべてバレている。一体目の前にいる少女は何者なのだろうか。
「あら、私の紹介がまだだったかしら。私の名前はクローバー・ソウ・ブラックリリィ。あなた方がヴァーチャル内で不死鳥と呼ぶ存在、とでもいっておきましょうか」
「不死鳥って、まさかフェニックス!?」
「ええ。ふふ、しかしそれを知ったとこであなたはどうすることも出来ませんが」
そう言うと少女は立ち上がる。それと共に部屋に明かりが点る。急にまばゆい光が広がり柊樹は目を閉じる。そしてゆっくりと目を開けると、目の前にまで少女が来ていた。
近くで見るとさらに可愛らしい容姿をしている。今まで出会ったすべてのどの女性よりも美しいと思った。そんな彼女が目の前に、鼻息があたる距離にいる。柊樹は少女を直視しきれなく目を逸らす。
「こっちを見なさい」
その言葉には何かが宿っているのだろうか。柊樹は自分の意思ではない何かによってブラックリリィに顔を向ける。そこで見た彼女の顔は先程とは一変していた。花のような笑顔だった。それだけ。それだけで、柊樹は彼女の虜となってしまった。
「ふふ、いい子ね。でも残念。あなたには眠って貰うわ」
「ど、どういう……」
「安心して」柊樹の言葉を遮るようにブラックリリィは言葉を紡ぐ。「お仲間をあとから増やしてあげるから」
その言葉で、柊樹は意識が途切れた。
「あなたが記念すべき最初の一人よ。光栄に思いなさい」
そういいながら柊樹の体に手をかざす。すると柊樹の体が光に包まれその輪郭を徐々に薄めていく。数秒後には完全に柊樹の体が消えてしまっていた。
桜井家。
いつも朝早く起きるはずの柊樹が起きてこないので、母親が柊樹の部屋へいったところ、パソコンに繋がったまま昏睡状態の柊樹が発見された。
医者に見せにいったところ生死に問題がなく、なぜ目を覚まさないのかわからない状態だった。憶測とされるのは、ヴァーチャルから回帰不能な自体が起こったということだったが、アリオス社はこれを否定した。しかし、事態は風雲急を告げる。
柊樹の件を皮切りに全国で同じような症状の人たちが次々と出現する。その数なんと約24万人。これらの人々の共通点は皆ヴァーチャルプレイヤーということだった。
この事態にアリオス社も事態の解明にヴァーチャルへと乗り出していく。もちろん意識不明となった人の二の舞にならないために特別コードを使ってでのダイブだ。しかし、特別コードを使ってのダイブは失敗した。ダイブできずに意識が体へと戻されたのだった。
「他のコードはどうだ?」
「ダメです。彼女が創ったプログラムからのダイブはすべて封じられています」
「いったい何が起きてるというのだ?」
開発チームが慌ただしく動き回っていると、一台のコンピューターがいきなり起動した。
『……ガ、ザガガ‥‥ザァ、ザー、アー』
けたたましく鳴り響くノイズと共に何者かの声が画面から聞こえてくる。次第にその声が鮮明になっていく。開発員は全員そのパソコンに集中する。
『あー、あーあーあー、あぁ、ようやく繋がったようね。アリオス社開発部の皆様、私の声が聞こえていますか?』
パソコン越しなのに綺麗な澄んだ声が部屋の中に響く。勝手に起動したパソコンから女の子の声が聞こえてきたことに、開発員たちはざわめきたつ。
『ふふ、聞こえていらっしゃるようね。……そうね、もう少し粋な演出をしてあげましょうか。どなたでもいいのでキーボードのenterキーを押してくれるかしら』
開発員たちは顔を見合わせる。そんなことをしたら何が起きるのかわからないために皆戸惑っているのだ。しかし、開発部長がそのパソコンに近づくと躊躇することもなくenterキーを押した。
「ぶ、部長!」
「何が起きるのかわからないのに」
しかし、彼らが懸念するようなことは何も起こらなかった。危険はないようだ。
『ありがとうございます。では少々お待ちください』
声がそう言うと、パソコンが何やら妖しい光を放ち出した。そして数秒後。モニターから一本の光の柱が出てきて、それが徐々に三角錐を作っていく。
「…す、すごい」
「どんな技術なんだ?」
彼らが驚くのも無理はない。なんせパソコンのモニターから女の子が出てきたのだから。もちろん本物の女の子ではないが。いわゆるホログラムというやつだ。
『私の演出はどうですか?』
ホログラムに写る女の子が喋り始める。
『まずは自己紹介からですね。私の名前はクローバー・ソウ・ブラックリリィ。このバーチャルという仮想世界に住んでいます』
「な、なんだと!?」
ざわめきたつ。
『ふふ、驚くのも無理はないですわね。あのミス犀愛ですら驚いてましたからね。しかし、今日伝えたいことはそんな些末事ではないのよ』
まるで目の前にいるかのように少女は開発員たちを見渡す。
『今日伝えに来たのは三つのこと。まず一つ目は、ヴァーチャルのアクセス権、及び管理権は私が掌握しました。ですのであなた方が何をしようとしても普通にダイブする以外こちらへ来ることはできません』
ブラックリリィは平然とした顔で恐ろしいことをいった。しかし、彼女の口からは次々とんでもない言葉が飛び出す。
『二つ目。今昏睡状態にある人間たちは、私が預かっています。命に別状はありませんし危険なことをさせるつもりもないのでそこは安心してください。しかし、しばらくはその状態が続くでしょう。そうですね、軽く見積もって二ヶ月。こちらの時間でいうと一年は預からせてもらうわ。彼らの親族にはそう伝えておいてね。そして三つ目』
ブラックリリィは三本目の指をたてる。
『私のマスターのご指示ですが、一応伝えておきます。これが終わったあとのこと、アリオス社を解散させてください、だそうです。ふふ、これは伝達ではなく通告ですね。従わないと何が起こるかわかりませんから。以上三つ。これらのことを全国に伝えるもよし。伝えないもよし。あなた方にそこら辺は任せるわ。それでは、縁があったらまた会いましょう。ごめんあそばせ』
そういうとモニターから延びる光が消え、パソコンの電源が落ちる。
開発員たちは今起きたことに、そして彼女がいったことが理解できていないようで口を開くものたちはいなかった。




