インプリンティング
全く持って意味がわからない。
教室の端から真ん中を見つめそんなことを思う女の子がいる。
瑞華のクラスはそこはかとなく活気があった。病気が再発して(そういうことになっている)ようやく出てきた瑞華の周りにクラスメイトが集まってきていたのだ。もともと瑞華たち双子はこのクラスだけではなく学園全体で人気者、いわば有名人みたいなものだ。瑞樹がいなくなってしまった今でも、瑞華と犀愛以外は覚えていないので関係がなかった。その瑞華《有名人》が出てきたからか教室内はみんな元気だった。
そんな中、瑞華を囲む輪の中に入りそびれ女の子がその存在に気づいてしまったのは、偶然の一言では片付けられないものだった。
知らない人がいる、と思ってしまった。そう感じた瞬間からそのえもいわぬ違和感はぬぐえないものとなってしまった。
他の人は気づいていない。なぜなら違和感を感じる前にその名前を聞いているから。違和感を感じたものもいるだろう。しかし、その違和感はなにが違和感なのかわからぬままに霧散してしまっているのだ。
高坂由美。確かにそう聞こえた。離れているとはいえ同じ教室内での会話だ。聞き間違えるはずがない。しかし彼女の知っている高坂由美は金髪ではなかったはずだ。それだけではない。どこをどう見ても顔が違う。高坂由美は悔しいが誰から見てもかわいいという部類の女の子だった。しかし、あそこにいる金髪の女の子はその更に上をいく。かわいい、なんてものじゃない。もはや芸術の域に入りそうなものだ。
(高坂さん、じゃないよ? なんでみんな高坂さんだと思っているの?)
不思議に思うし、疑問に思うし、何より気味が悪かった。
その誰だかわからない高坂由美と目があった。その顔はやはり見覚えのないものだった。身体中に緊張が走り抜け、口の中がみるみる乾いていく。しかし、高坂由美は彼女の顔を見ると顔をほころばせ手をふった。その仕草は高坂由美そのものだった。
(あれ? あの人はやっぱり高坂さんかも?)
こうして、彼女もまた高坂由美に対する違和感がうすれていく。そして会話をすればその違和感は完全になくなってしまうだろう。そういう風になっている。人間の脳は、思っているよりも単純にできているのだ。
「おはよー。どうしたの? こんなとこにいないでみーちゃんの所に行こうよ」
高坂由美ことブラックリリィは知ってか知らずかクラス中の人間に話してまわる。そうすることで由美に対する違和感を持つものは誰もいなくなった。
◆ ◆
昼休みになるとさすがに瑞華に話しかけてくる生徒もいなくなっていた。瑞華としては何で学校を休んでいたのかとか、髪の色はどうしたのかを聞かれるのは少々うんざりしていたので、そこはかとなくほっとしていた。
「やっと解放されたよー。なんでみんなあんなにいろいろ聞いてくるかなー」
テーブルの上にくでっと倒れ込む瑞華。そんな瑞華をみて由美はクスクスと笑う。
「みーちゃん、だらしないよ。ほら、周りの人も笑ってる」
「うそっ?」
ガバッと起き上がり周りを見渡すが、こちらを気にしている人はいなかった。
「誰も見てないじゃーん。由美ちゃんの嘘つきー」
二人が居るのは中華の食堂だ。由美は洋食がいいと言ったが、瑞華が中華にしようといったのでこちらにきた。瑞華はチャーハン。由美は冷し中華を食べている。
(「それで、これからの方針は?」)
周りに聞こえないように小声で由美に話しかける。それに対し由美は普通に返す。
「そのことは放課後にね。ヴァーチャルにダイブしてから教えるよ」
もはやリリィだということは感じられない。学校にいる間は由美としてしか認識できない。まるで何か悪い呪いにかけられたかのように。
「よう、邪魔するぞ」
そんなことを瑞華が考えていると二人の前の席に座る人がいた。
「犀愛ちゃん!」
瑞華は席から立ち上がり犀愛に抱きつく。本来ならこれは瑞樹の役である。その事を感じた犀愛は少しだけ胸がいたんだ。
「久しぶり! この間はごめんね」
「ああ、無事でよかったよ。心配してたんだからな」
犀愛は瑞華の頭を撫でながらそう言う。その顔は安堵に満ちた表情だった。それを見ていた由美が口を開く。
「みーちゃんと先生は本当に仲がいいよね」
「ああ、高坂も一緒だったのか。お前らも仲がいいよな」
この子は珍しく瑞華と瑞樹の両方ではなく瑞華とだけ仲がよかった。だからかよく覚えている。そう思った犀愛だが今朝のことを思いだし首を捻る。
(ならなぜあのとき名前が出てこなかったんだ?)
じっと由美の顔を見る。その顔は見れば見るほど由美ではなく違う誰かの顔に見えた。そう、ごく最近見たようなそんな顔に。
「先生?」
犀愛があまりにじっと見ているものだから由美は苦笑いを浮かべる。
「そんなにじっと見られると恥ずかしいですよ」
「あ、ああ。すまん」
「私の顔に何かついてましたか?」
「いや、そう言うわけではないんだ。悪いな。気にしないでくれ」
そう言って昼食を食べ始める。今日の犀愛は回鍋肉定食だった。ピリッと辛いその味噌だれは教員たちに大人気だ。
「じゃあ犀愛ちゃん。僕らはこのあと少し用事があるからもういくね」
昼食を食べ終えた瑞華と由美が席をたつ。
「おお。またな」
「じゃーねー」
「失礼します」
食堂をあとにする二人を目でおっていると、不意に由美がこちらに振り向く。何かあったのかと思っていると、碧眼の方の目をつむり方目だけでこっちを見据える。そうして何かを口にした。
「ん? なんだ」
パクパクと口が動く。
――瑞華さんは私が責任をもって預かりますので貴女は大人しくしていてくださると嬉しいわ――
そういったような気がした。
金髪に漆黒の瞳。小さい体の奥底からにじみ出る威圧感にその勝ち気な口調。
犀愛はガタンッ、と音をたてて立ち上がる。その存在には覚えがある。いや、むしろなぜ忘れていたのかわからない。
由美の顔を凝視する。その顔は由美のものではなく、あの少女。クローバー・ソウ・ブラックリリィのものだった。
「由美ちゃん。何してるのー? 先行っちゃうよー」
食堂の出入り口で瑞華がそう急かす。
「うん。今行くよ」
そう言うと由美は犀愛の方を向く。フフ、と笑うと身を翻して食堂から出ていった。
犀愛は唖然とした表情だった。
なぜ高坂がやつになっているのか。それとも元から高坂はやつだったのか。どちらにせよなぜこちらの世界にいるのかがわからない。
気づくと食堂にいる生徒たちがこっちを向いている。とりあえず席につくが食べかけの料理はもう食べる気がしなかった。
(やつのおかげと思うのはしゃくだが瑞華が元気になっている。そして元気になった理由は…)
たぶんやつと何らかの取引をしたんだろう。そしてその内容は一体?
本人に何をしているか聞いたところで答えてはくれないだろう。瑞華に聞いても同じ。一体あいつらは何をしようとしているのか。考え始めたらきりがない。ひとつわかっているのは恐らく復讐だろう。
犀愛はそう考えていた。リリィの存在そのものが確かにそう言うものだが、彼女たちの本当の目的はそこではない。
その事を犀愛がしるのはもう少し先のこと。




