力の片鱗
キーンコーンカーンコーン。
気がつけば終業のチャイムが鳴っていた。時間を確認するとすでに3時を回っている。やはり、ここのところの寝不足が祟ったのかもしれない。
教室を見渡すと見事に誰もいなかった。こうしていても仕方がない。自分も帰るとしよう。そう意気込んで立ち上がろうとするが、からだが動かない。いや、違う。自分は確かに今立ち上がったはずだ。なのに目線の高さが変わらない。ふと自分の体を見ると、そこにあったのは……否、そこになかったのは自分の体だった。
………? 理解が及ばない。何が起きたのかわからない。なぜ自分は、机の上に首だけで座っているのだろう?
「ふぅん。発狂はしないの。つまらないわ」
自分以外誰もいなかったはずの教室に、女の子の声が響く。声の方向に向こうとするが、首だけではそれもかなわなかった。しかし、ぼぅっと何を見るでもなく焦点をぼかすと、なぜか教室全体が見渡せた。
「あら、飲み込みが早いわね。ふふっ、やっぱりあなたにしてよかったわ」
その声の主は自分がいつも座っている席に座っていた。そこでようやく気づく。自分は机の上に置かれているのだと。
声の主、金髪の女の子に問う。なぜ、自分はこんなことになっている?
「そんなこと簡単じゃない。ここにはあなたと、私しかいなくて、貴女は首だけになり私は全身無傷。それにこの格好を見ればわかると思うけどこれ、貴女の制服よ?」
確かに見れば彼女はこの学校の制服を来ている。それが自分のものかは定かではないが、彼女の言いたいことは何となくわかった。つつまりは自分をこんな姿にしたのは彼女だと、そういうことらしい。
「ご明察。その通りよ。あなたの体を少しばかり借りることにしたの」
彼女は明るい笑顔でそんなことを言った。
なぜ自分なの?
「貴女がただの人間ではないから、かしら? 強いて言うのであればそんなところよ」
普通の人間ではない? どういう意味だ?
「そんな姿になって冷静でいられる人間なんて何人もいないわ。そうでしょう? 目が覚めたら首から下がなくなっているのよ。普通は発狂するか、現実だと認められなくて逃避に走るわ。でも貴女は現実だと認識した上で落ち着いている。これが普通でなくてなんなのだというのかしら?」
言われてみればそうだ。なぜ自分はこんなにも冷静でいるのだろう。首しかない、という状況で。それは恐らく、諦めにも似た感情だったかもしれない。元々生への執着は薄い方だった。だからだろう。ここに座っている少女を見た瞬間思ってしまった。あぁ、自分はもうこれまでだと。こんな少女の為りをした化け物を目の前にして生きながらえられるはずがないと。
「化け物とはずいぶんね。まあ、それがわかるあたり貴女も普通じゃないのよ」
少女はむくれながらそう言う。可愛らしい外見だが、見た目で判断できるような存在ではない。言うなれば最終形態のフリー●様だ。
「ふふ、理解しているのなら話しは早いわ。貴女という存在に私を割り込ませてもらうわ。大丈夫。貴女の記憶と存在は私が引き継ぎますから。友人関係は変わらないし貴女という存在も消えないから。消えるのは貴女の魂だけ」
一体何を安心していいのかわからないが、まあ思った通りだった。自分はこれが最後なのだろう。思い残すこともない。強いて言えば生まれ変わっても人間が良いなと思うくらいだ。
「そのくらいの願いなら容易いわ。貴女は次も人間として生まれてくる。この私の力を使ってあげるわ。黒百合の名にふさわしい力よね」
黒百合。
確か花言葉は恋、復讐、そして呪い、だったはず。
ならば、自分はこれから先呪われた存在になるのだろうか?
それも悪くはない。
そんなことを思いながら、意識がだんだんと遠くなっていく。
「縁があったらまた会いましょうね」
それが最後に聞こえた言葉だった。
◆ ◆
犀愛が瑞崋の家に行ってリリィに強制退出させられた日から三日がたっていた。学校にはいまだに瑞崋の姿はない。
「おはようございます」
犀愛が駐車場から校舎に足を踏み入れると生徒に挨拶をされた。見ると、金髪の可愛らしい女の子だった。
(こんな子うちの学校にいたか?)
「理事長?」
犀愛が黙っていると女の子は不思議そうに首を捻る。
「ああ、すまん。おはよう…えっと、すまん。名前なんだっけ?」
「高坂由美です。ふふ、先生まだ寝ぼけているんですか?」
「そうそう、高坂だったな。すまんな、生徒の名前は全員覚えているつもりだったが、抜けていたようだ。目立つから忘れそうもないのにな」
犀愛は首をかしげる。地毛が金髪で右目が碧色、左目が漆黒というオッドアイの女の子なんてそうはいない。忘れるという方が逆に無理な気がするが。
(……漆黒?)
犀愛の頭に何かが引っかかったが、しかし何も口からは出てこなかった。
そんな犀愛を見て由美はおかしそうに微笑む。
「先生、寝不足ですか?」
「いや、そんなわけないが…」
「ふふ、それじゃあ私は教室に行きますね。…あ、先生」
犀愛に背を向け歩き出して数歩でその歩みを止め犀愛に話しかける。
「なんだ?」
「みーちゃん、吉井瑞華ちゃんが今日登校してきますよ」
由美はそう言うと足早に去っていってしまった。
「おい! なんでお前がそれを…!」
犀愛がその言葉を言う頃には由美の姿はもうなかった。
高坂由美と名乗った女子生徒。元々は黒髪に碧眼でおとなしい子だった。しかし、クローバー・ソウ・ブラックリリィがその存在に割り込んだために髪の色は金髪に、目は片方黒になり顔はリリィのそれとなった。だからか金髪に碧眼のオッドアイという目立つ風貌になってしまったのだ。それでもクラスの人間、教師、犀愛、誰一人としてその事実に気がついてはいない。そのことを知っているのは吉井瑞華のみである。
「クロ。犀愛ちゃんに何か言ったの?」
「いえ? 特に何も言ってませんよ。ただ、貴女が今日登校すると言っただけです」
由美の前に現れたのは瑞華だった。三日ぶりに登校したわけではあるが実際瑞華が休んでいた間過ごした時間はその約六倍もの時間、つまりはヴァーチャル内で三日間すごしたということだ。
「しかし、そんなことも出来るんだね」
リリィの姿を見て瑞華はただ嘆息するだけだった。その事についてリリィは微笑みこう言う。
「こう見えてもヴァーチャルでは伝説のアバターとして生きてきたわけですからね。それ相応の力を持っていませんと夢がありませんでしょう?」
「でもまさか、不死鳥の正体がこんなかわいい女の子だったとはね。しかも、僕ら人間みたいにヴァーチャルにダイブしているわけではなくあの世界で生まれた存在」
「ええ。伝説の生き物なんてそんなものですよ。それも仮想世界でならあり得ないことも起きてしまう。その二つの要因が私を産み出したのですね」
「そうなんだ」瑞華は頷くと歩き出す。そのあとに付いてくるリリィに背を向け歩きながら尋ねる。「由美ちゃんはどうなったの?」
「私が高坂由美です。彼女は私であり私は彼女でもある。そこに相違はありません。どちらがどっちという区別はなく二つの存在が混じりあったのです。かといって元々の彼女の人格はほとんど残っていません。残さずとも私が彼女と同様の降るまいが出来ますから。いえ、これは正しくありませんね。私は彼女でもあるので、その行動は全て高坂由美のそれとなるのです」
なるほど、と瑞華は思う。
確かに今ここにいる女生徒は金髪だし顔もリリィのそれだが、高坂由美だ。今は瑞華と二人だからしゃべり方はリリィのものだがしぐさや歩き方、その細微に至るまで全てもともとの由美のものだ。
「これはフェニックスの能力のひとつですね。フェニックスというのは元はしでの鳥というものでした。しでの鳥、これはホトトギスの別名であるのですけど、ホトトギスと言う鳥のおかしな性質を知っていますか?」
瑞華は首をふる。
「それは、産んだ卵を他の鳥の巣へ持っていくことです。これを托卵というのですが、これに由来する能力です。他人の体に自分を植えつける。そして、孵化することによってその存在が入れ替わるのです。ですがもともとその人の中で育っているので、あまり相違は出ません。今回はこの娘の体質が特殊だったためにこのような姿となりましたが普通ならば本人と全く変わらない姿に為ります。例えるのなら見た目が全く同じリンゴの味が違う、というものですか。見た目と中身が一緒ではありますがその本質が変化している。ですから私はクローバー・ソウ・ブラックリリィであり、高坂由美でもあるのです」
だから、誰から見ても私は高坂由美として認識されるのです、と付け加える。その顔は心なしか自慢げである。瑞華はその説明の中に気になる言葉が入っていたのを聞き逃さなかった。
「由美ちゃんの体質が特殊って?」
「それは秘密です。いちおうプライバシーというものがありますからね。あ、でもひとつだけ言いますとこの体だったからこの娘を選んだんです。滅多にいない種類の体質ですからね。私が瑞華さんに憑依しなくてすんだのもこの子がいたからですね」
「憑依していたらどうなっていたの?」
それについては少し苦笑いしながらリリィは答える。
「このように実体を持てませんでしたね。守護霊のように瑞華さんの背後に憑いているしかなかった。フェニックスと言えど限界はありますし」
ふーん、と呟くと瑞華は歩みを止め立ち止まる。見るとすでに教室についている。
廊下に生徒がいないのはまだかなり早い時間であるからだ。それでも、教室を前にするとリリィの口調が変わった。
「みーちゃん、お話の続きはまたあとでだね。あ、お昼は一緒に食べようね」
わかっていることとはいえそのしゃべり方に瑞華は面食らってしまう。油断するとこの目の前にいる娘がリリィだってことを忘れそうなほど高坂由美であった。
「クロ、その・・・」
「みーちゃん!」
由美は少し大きな声を出すと瑞華の口に人差し指を当てる。
「私は由美だよ。クロ、っていう呼び方は違うでしょ」
「ああ、ごめん。うっかりしてた。うん。由美ちゃん、今日はどこにする?」
「んんと、あ、じゃあ………」
そんな生徒のような会話をしながら教室に入っていく二人であった。
リリィの正体は微妙に分からなかったですね。
まあ、ヴァーチャルの何かとか思っていれば問題はないかと。




