罪と本当の罰
犀愛は市内の大学病院に訪れていた。犀愛だけでなく瑞華の両親、佐々実、佐々実の両親が来ている。
今は夜中の2:00。瑞華が病院へと運ばれてからおよそ九時間が経過していた。
瑞華の容態は、深刻だった。数時間おきに呼吸困難に陥り、原因不明の痙攣により医師も目が離せない状況である。
「お子さんの体に何が起こっているのか我々にもわかりません。ただ、一つ言えることは彼女は自ら生きることを否定しています。何か精神的に強いショックを受け、脳、体ともに強いショック状態に陥ったとしか考えられません。このままあの状態が続くと、かなり危険です」
瑞華を担当する医師は、ロビーにいる人達に説明をする。
その説明に、その場にいる誰もが信じられないと言った表情を作る。
「仮にあの症状が治まったとしても元の性格、人格に戻らないかもしれません」
「先生っ!」
そこまで説明したところで、ナースが慌てて医師のところに駆けてくる。
「401の吉井さんがまた!」
これで今日何回目の瑞華の容態悪化だろうか。
「では我々も全力を尽くすので、皆様は一度お帰りになられた方がよろしいかと。容態が悪化するようでしたら連絡いたします」
ソレだけ言い残し医師はナースと共に駆け出す。
残された六人はただ、呆然とするしかなかった。
翌日。 犀愛と瑞華の両親は、帰らずに病院にいた。
母親は、憔悴しきってしまい今は父親に肩を抱かれて眠っている。
先ほどようやく容態が安定した瑞華に面会が許され、病室に三人は入ってきたところだった。
そこで三人が見たのは、変わり果てた瑞華の姿だった。
綺麗な黒髪は真っ白になり、端正な顔立ちはみる影もなくなっていた。まるで別人なような我が娘を見た母親は、膝から崩れ落ちてしまい、父親は悲痛な顔で拳を握りしめるしかなかった。
三人を見ても瑞華は反応しなかった。その目には、最早空虚さしか残っていなかった。
「…なぜ」
病室からでて、ロビーのベンチに座り、今に至る。そこで瑞華の父親がボソッと、誰に語るでもなく呟いた。
「なぜ、こんな事になったのでしょうか」
犀愛にふられた言葉では無かったが、犀愛は答えるしかなかった。
「私の、私のせいです」
その声は、もう枯れきってしまい、いつもの綺麗な声ではなかった。
「瑞華も瑞樹も、私のせいで…!」
両手で顔を覆い、うつむく。そんな犀愛の肩に軽く触れ、父親はその言葉を否定する。
「あなたは悪くはありません。むしろ、感謝しています。あなたが迅速な対応をしていなかったら瑞華はその命を落としていたかもしれないですから」
そう言うと、父親は母親を抱き上げながら立ち上がる。
「どちらに?」
「一度僕らは家に戻ります。母さんもこの通りですからね。またすぐに戻ってきます」
瑞華を頼みます。そう言い残し瑞華の両親は去っていった。 去っていく父親の背中を見て、犀愛は違和感を感じていた。彼らは瑞華の心配しかしていない。すなわち瑞樹のことを気にしていない。
(いや、違う)
(瑞樹を忘れているのか?)
二人はたしかに瑞華の両親だ。しかし瑞華が危ない時に、瑞樹のことが話題にでないのもおかしい。しかし犀愛はそのことに関しては安堵していた。
瑞樹は死んだと、言わなくて済んだと。
犀愛はそんな事を少しでも考えた自分に嫌悪していた。
(ひとまずは)
(もう一度瑞華に会いにいくか)
あの状態で話せるかどうかはあやしいが、しかし話さなければならないことが犀愛にはあった。というかしなければならないこと。
叱責と、謝罪。そして瑞樹のこと。
そして病室。
ベッドを半分立て背もたれにし、イスに座るように瑞華がいた。その顔は、生気を感じさせないものだった。
「よう、瑞樹」
犀愛はいつものように挨拶をする。しかし瑞華はそちらを見向きもせず、ただ虚空を眺めるだけだ。
「お前が生きていて良かったぜ。瑞樹は、まあ残念だったけどな」
「…………瑞樹は」 いまだに虚空を見つめる瑞華だが、瑞樹という言葉に反応したのかポツリ、と言葉をもらす。
「僕が、殺した」
それを言うと、瑞華の頬に一滴の涙が伝う。
それを見て、犀愛は安心した。感情が生きている。瑞華はまだ生きている、と。
しかしそう思ったのもつかの間。瑞華は何を思ったかベッドから降りると窓に手をかけた。そして、窓を開け放ち、その身を投げ出そうとした。
「…! っんのバカっ!」
間一髪、犀愛は瑞華を引き寄せ床に転がる。それから一息ついてから、怒鳴った。
「何考えてるんだ! このバカ!」
しかし瑞華は犀愛を見ようとしない。立ち上がると、次は鏡の前に立つ。
「っ、瑞華!」
犀愛も予想がついたのだろう。鏡を割り、その破片を使うだろうことを。
そうさせないように犀愛が後ろから羽交い締めにし、床に押し倒す。瑞華を下敷きに馬乗りになり顔の両側の床に手を置く。
「………邪魔、しないでよ」
「しないわけないだろっ!」
その叫び声に瑞華は犀愛に視線を移す。犀愛の声は、ようやく瑞華に届いた。
「瑞樹が死んで悲しいのもわかる! 自分の責任だといって後悔するのもいい! だけどっ!」
瑞華の顔にポタポタと何かが降っていく。それは、犀愛の涙だった。
「お前まで死んだら、あたしは…、あたしはっ!」
そこからは声にならなかった。ボタボタと涙があふれおち、もう言葉を創ることができなかった。
そんな犀愛を瑞華は始めてみた。いつも偉そうで、大胆不敵で、笑っているのが当たり前な彼女が、泣いている。
「瑞樹が」
そんな彼女を見て、瑞華は徐々に正気に戻っていく。
「犀愛ちゃん。瑞樹が、死んじゃった」
犀愛は涙を拭い、瑞華の言葉に耳を傾ける。
「うん」
「僕の目の前で」
「うん」
「だんだんと、だんだんと冷たくなっていくんだ」
「………」
「ちがいっぱいながれて、『死にたくない』って」
目から涙を流しながら、瑞華は語る。
「『たすけて』っていうのに、なにもできなかった」
「もういい!」
犀愛は、瑞華を抱き寄せギュッとしめつける。
「もういいから…!」
「…ねぇ犀愛ちゃん」それでも瑞華は続ける。「見ていることしかできなかった。聞くことしかできなかった。もう笑っちゃうよね」
瑞華の顔は無表情だ。そるでも溢れ出る涙は止まらない。
「僕が、もっとしっかりしてたら…」
「瑞樹っ!」瑞華の言葉を遮り、強く抱きしめる。「もういいから。もう、いっぱい泣いていいから」
その言葉で、瑞華のせき止めていた感情が溢れ出す。
「瑞樹、みず、き…う、うあああああああああああぁぁ!」
◆ ◆
病室には医師と瑞華の父親が訪れていた。
今朝に比べ顔に生気が戻り、表情も元に戻ってきている。
「もう安心でしょう。今日一日は病院で安静にしていただきますが、明日には退院出来るでしょう」
「本当ですか!」
医師の言葉に瑞華の父親は破顔する。そして安心したように、瑞華を抱きしめる。
「一時はどうなるか心配しましたよ」
「ごめんなさい」
私はそんな光景をみて、やはり違和感を隠しきれなかった。そんな事を思っていると、医師が瑞華に聞こえないように父親に話しかける。
「この後、少しお時間もらっていいでしょうか?」
父親は声を出さずに頷くと、瑞華に一言言い残し、医師と一緒に病室から出て行った。
なにかありそう。そう思った私は、二人の後をついていった。
二人は病室をでてすぐ横の通路にいた。
「どうしたんですか?」
私が声をかけると父親が振り向いた。
「ああ、古空さん。ちょっと先生の話を聞いてもらっていいですか?」
「かまわないですよ?」
私は瑞華の父親に並ぶように立ち、医師と向き合う。
「実はですね、瑞華さん。昨日一日中誰かの名前をうわごとのように呼んでたんですよ。たしか『みずき』と。あのショック状態はどうやらその名前の方が関係してるみたいなんですよ。心当たりはありますか?」
心当たりもなにも、瑞樹の双子の妹じゃないか。
私はそう思ったが、しかし父親は信じられないことをいった。
「『みずき』ですか? いえ、知りませんね」
「………え?」
知らない、と言った。自分の娘を知らないと。
私はこの会話で確信してしまった。瑞樹は死んだのではなく、存在を消されたのだと。
そして、これこそがあのゲームの本当の「罰」というものだと。




