3章:決断の予兆
あれから三日。
救助隊の面々は、何もなかったような顔で僕を扱ってくれる。
いつも通りの資材確認、いつも通りの見積もり作業。
けれど、蛇口から水が出た瞬間――あれは格別だった。
鼻歌が、自然に漏れた。
「現金なやつだな」
ナヴィが僕の背中をつついた。
僕は笑って返す。「だって水だよ?」
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その日の報告も、いつも通りだった。
町長の部屋。僕ひとり。
「……ということで、僕らは自立できる資金を持っているってことです」
「でも機密情報なので、元ネタの漏洩は絶対に避けてください」
町長は静かに頷いた。
「カーンが血液の提供を求めた理由が、そういうことか。ありがとう、タクト。
これは絶対の機密事項として扱う。君も気をつけてくれ」
それ以降、町長からの音沙汰はない。
正直、ホッとしている。あんな厄介な話、もう関わりたくない。
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街はずれ――ちぎれた排水管の確認中、パトカーが止まった。
警察署長が窓を開ける。
「タクト君、町長が呼んでいる。すぐに来てくれ。君の車は使っていい。こちらで送る」
悪い予感しか、しない。
背中が、冷えた。
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役場の会議室。町長と僕。二人きり。
「カーンと取引をした。この町のすべての遺伝子に関する権利を、連邦へ一括委託する」
「その対価として、地球での定住権と施設建設・維持管理に必要な物資が継続提供される」
僕は、何も言えなかった。
「カーンは了承済みだ。だが、正式な決定には議会の審議が必要になる。
そのため、公聴会が開かれる。場所は――惑星ノヴァ」
「急遽決まったことだ。救助隊のパトロール艇で君に同行してもらいたい」
町長の目はまっすぐだった。だけど、僕の中では何かが崩れていた。
「移動は片道15日の宇宙旅行になる。往復で一ヶ月だ」
「本来なら、別の船を用意するはずだった。だが、審議会が予想以上に早く招集された」
「パトロール艇の乗船枠は限られている。救助隊員3名が地球に緊急展開していることもあり――」
「君、タクト。君ひとりが、町の代表として惑星ノヴァに行ってくれ」
その瞬間、すべてが静止したような感覚があった。
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乗船前日。救助隊とすれ違う。
ナヴィが敬礼して言った。「コマンダー!」
僕は照れ隠しで彼の足を軽く蹴った。
乗船から三日。
みんな忙しそうで、会話もろくにできていない。
僕は艦内コンピュータに“生徒”として鍛えられていた。
標準言語の習得。連邦の歴史と構造。
常識の詰め込み。
「町長はうまく逃げたよな。」
そうぼやいたら、コンピュータが即座に標準言語でリピート。
僕はそれを真似する。合格するまで、繰り返される。
何十回目かのトレーニングの果て――確かに、僕の標準言語はうまくなっていた。
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そして今。リオに呼ばれてキャビンに入った。
珍しく、三人が揃っていた。
「突然だけど――タクト。俺たちのこと、どのくらい信頼してくれてる?」
リオが言った。
僕は肩をすくめて答えた。「君たち以外に信頼できる人なんて、いないよ。ブラザーズ」
「重大な話になるかもしれない。町長たちよりも、俺たちを信頼できるか?」
三人の視線が、僕を貫いた。
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リオが続ける。
「俺たちなりに情報を集めた。実は、この船にタクトしか乗せないよう仕掛けたのは、俺たちだ」
ナヴィが補足する。
「今回の公聴会、君たちの定住――否定される可能性が高い」
町長は大丈夫だって言っていた。
カーンが紹介したのは、連邦最高の弁護士事務所だとも。
町の主張は法律的に正しい。
僕はただの“同行者”だったはず。
でも彼らの声は揺るがない。
「確かに、連邦は君たちの遺伝子を一括で委託されたい」
「カーンはそれを連邦に差し出すことで、政治的ステップアップを図っている」
「利害は一致している。連邦も、カーンも、町も」
「弁護士は、町に残る登記資料をもとに所有権を主張する方向。
だが、俺たちが集めた情報では――それ、危うい」
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カルクが言った。
「憲章第4条3項b。“地熱生命活動が停止した惑星に定住権を与えてはならない”
これは、規約に明記されてる」
ナヴィが続ける。
「法体系の連続性。過去の地球の法制度が連邦に接続可能かが問われる。
もし否定されれば――町の所有権は、通らない」
そして、リオが締めくくる。
「審議がこんなにも急に開かれた。これは議会側からの圧力。
巨大企業が遺伝子を欲しがって、政権に圧力をかけた」
「つまり――議会は、連邦への一括委託を阻止する手を、もう持ってるかもしれない」
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「えっ、えっ、えっ……」
画面に映る文字はすべて、僕を飲み込もうとしていた。
言葉の意味はわかる。でも、理解は追いついていない。
何が起こってるんだ。
この旅路の意味は、いったい何だ――
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