2章:友達がいる
「お疲れさまでした。また明日もよろしくお願いします」
タクト――僕は救助艇の前で、今日の作業を終えた三人に声をかけた。
案内係として任命されてから、これで10日目になる。
「今日も終わったあ…。町長への報告、面倒くさいなあ」
宇宙船が着陸し、町長とカーンの対談に立ち会ってから、10日が過ぎた。
その後、町には食糧・水・発電機――“100日分の生存セット”がもたらされた。
対談の内容は非公開のまま。
カーンは町長たちと二日ほど視察をした後、宇宙船で去った。
代わりに着陸したのが、小型艇。そこから現れた技術者たち――ナヴィ、リオ、カルク。
町の水と電力の回復に協力するため、技術支援として派遣されたのだという。
僕は案内役を任された。けれど、彼らの言葉は標準言語。僕にはまったく理解できない。
翻訳用AIもない。どうするってんだよ。
町長からは、毎日の業務報告が求められていた。
役場でふたりきりの面談。最初は警戒したけど、雑談ばかり。
スパイにされるかと思ったけど、違ったらしい。
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意思疎通は、思ったよりできる。
図面、工具、作業現場――技術者同士なら、言葉以上に通じるものがある。
ジョークらしきものも態度でわかる。
彼らは気のいいやつらだ。
ある日の別れ際、リオがタブレットを手渡してきた。
「勉強しろよ」
再生すると、僕が話した言葉の部分がすべて標準言語に置き換えられていた。
驚いて立ち尽くした僕に、リオはサムズアップをくれた。
それ以来、僕は帰宅後に動画を見ながら、標準言語の勉強を始めた。
毎日更新される動画。自分の発言を覚えているから、習得は早かった。
作業中は、必死で標準語を話す。
リオは爆笑しながら聞いてくれる。ナヴィは訂正をくれる。カルクは、逆に僕らの言葉を覚えようとしていた。
僕は、彼らと笑い合えるようになっていた。
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送電線の復旧。ジェネレータの直送電力。
町には暖かさが戻り、エアコンが使えるようになった。
2度目の宇宙船着陸では、追加の物資と設備が届いた。
近郊に設置された20棟のビニールハウスもどき。
見慣れない野菜が町に溢れ、シャワーユニットが50基。
町に、水と緑と清潔が戻っていた。
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「彼らとは、どんな感じだ?」
町長が、いつもの報告の場で僕を引き止めた。
「気のいい連中ですよ。優しくて親切です」
町長は、少し黙ってから告げた。
「カーンからは移住の提案があった。
町の人々が彼らとうまくやっていけるか――その視点でも、観察してほしい」
それだけ言うと、軽く笑って手を振った。
僕は聞こえないふりをして、部屋を出た。
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上下水道施設の再構築――僕らが次に向かう作業。
でも、資材は足りない。施工の目処も立っていない。
資料室で現況を確認し、計画書を立案する。
「こんなことしても意味ないって、わかってるだろ」
僕がつぶやくと、彼らがこちらを見た。
「カーンは移住させるって言ってた。知ってるんだろ?」
僕は声を荒げた。
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初めて、僕は彼らの宇宙艇のキャビンに座っていた。
「タクト。君が動揺してるのは気づいていた」ナヴィが言った。
「君と我々の言語は違う。
本来、君を艇内に招くのは規定違反だ。
でも、コンピュータの補助がなければ、ちゃんと話せない。
何が問題なのか、聞かせてくれないか」
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「町長は、カーンが移住を提案していると言った。
君たちも知っているはずだ。
地球上にはこの町まで届く水源なんてない。
水道施設の設計に意味なんてない。
なのに――僕までだますのか?」
僕は続けた。
「本当によくしてくれてるって、わかってる。
でも、僕らにはお金もない。
連邦がどんな存在なのかも知らない。
結局、“提案”って言葉の裏には命令しかない。
僕らには選択肢がないんだ」
会話は、スクリーンに文字として映された。
彼らは文字を見ながら、ゆっくりと答えた。
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「カーンの思惑なんて、俺たちにはわかんねえよ」リオが言った。
「俺ら技術屋は、仕事をこなすだけだ。
政治のことはカーンと町長に任せる」
カルクが、静かに口を開いた。
「君たちが貧しい? 本当にそうかな」
彼はキーボードを叩きながら続ける。
- ヒトHapMap3互換位相配列群
- 転写因子ネットワーク再構築ベクトル
- 非コード領域機能拡張プロファイリング
- “対話環境”由来のセロトニン分泌パターン分岐
「これは、君たちの遺伝子から得られた情報の一部。
連邦中の企業が欲しがる価値を持っている」
リオも加わる。
- MHCクラスⅠの多様性はアーカイブ不可レベル
- 地球人ライブラリは新世代ワクチン設計に必須
- 野生植物のゲノムはCRISPRでは再現不可
- 腸内フローラとの共進化因子が健在
- 地球人遺伝子は抗生物質の再適応基盤に活用可能
「つまり――金の心配なんか、しなくていいってことさ。
これは機密情報。黙っとけよ」
カルクが、もうひとつ話した。
「水源がない? だったら作るだけさ。
水素と酸素で水はできる。
酸素はある。水素は輸入。
現存の浄水場に“水を作る施設”を設置すれば、配管はそのまま使える。
水素貯蔵金属は枯れた技術だし、資材も中古で手に入る。
詳細な見積もりはできないが――実現可能なレベルだ」
最後にカルクが言った。
「君たちは、移住しなくても生きていける」
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僕は、もう話せなかった。
混乱のなか、彼らは宇宙艇の外まで僕を送り出した。
足元には、夜の砂がかすかに冷たく、風が吹き抜ける。
扉がゆっくりと閉まる音が、遠くで響いた。
僕は車に乗り、運転席に身を沈める。ハンドルに手を添えた瞬間、胸の奥で何かが、静かに整った。
前方には、宇宙艇のシルエット。
無骨な機体。滑らかな外装。
薄く発光する通信リングが、夜の空気のなかで震えている。
僕は、そっとつぶやいた。
「……友達がいる」
そして、エンジンをかけた。
町長のもとへ向かう。報告しなければ。
もしかしたら僕は――この町のために、何かを変えられる。
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宇宙艇のキャビンでは、タクトを送り出した三人が静かに腰を下ろしていた。
リオがつぶやく。
「カルクが、あの情報まで開示するとはな。お前のハッキング、マジで半端ねえな」
カルクが肩をすくめる。
「リオがタクトをここに招待した時点で、もうアウトだったろ」
ナヴィが、穏やかに笑った。
「これで僕らは、失業かな。もしかして犯罪者?監獄行きかもね」
リオが言う。
「ナヴィ、すまん。巻き込んじまったな」
ナヴィは首を振る。
「まさか。こんな世紀の大事件、舞台を降りる気はないよ。
それにね――僕は、タクトが大好きだ。
この町が、いとおしい。こんな気持ち、はじめてだよ」
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