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タクトの物語  作者: rhmgr
1/10

1章:通信という名の祈り

あれから、もう一週間(いっしゅうかん)が経った。


スマホの通知(つうち)突然(とつぜん)沈黙(ちんもく)し、風が止んだ。空が、少し青すぎた。

電池の切れた携帯(けいたい)をぼんやり見つめた。

今はただのガラクタ。でも、あの日までは僕のすべてだった。


何が起こったのか、誰にもわからない。

最初の混乱(こんらん)は覚えていない。ただ、走っていた気がする。

誰かを呼んで、返事(へんじ)がなかったときの静寂(せいじゃく)だけが、胸に残っている。


僕はもう、四日間(よっかかん)同じ言葉(ことば)を繰り返している。


「こちらSAITAMA地区、現在、住民おおよそ480名、生存(せいぞん)再接触(さいせっしょく)待機中(たいきちゅう)。」


誰も聞いていないことはわかってる。

でも、僕らにはこれが、最後の希望(きぼう)なんだ。


マイクには送信(そうしん)しなかったけれど、心の中で続ける。


「そこんとこ、よろしく。」


風のない空気が、ほんの少しだけ動いた。

(きし)むアンテナの音に、僕はもう一度マイクへ指を伸ばした。


---


僕はタクト。地元の工業高校(こうぎょうこうこう)卒業(そつぎょう)して、親類(しんるい)電気工事会社(でんきこうじがいしゃ)就職(しゅうしょく)した。

無線(むせん)(あつか)いが少しできるという理由(りゆう)で、この通信を(まか)された。


あの日以来(いらい)、町長を中心(ちゅうしん)緊急対策(きんきゅうたいさく)自警団(じけいだん)結成(けっせい)された。

みんなで働き、何とか命を(つな)ぐしかなかった。


物資(ぶっし)配給制(はいきゅうせい)(くば)られたプリントによれば、現状(げんじょう)はこうだ。


 生存資源(せいぞんしげん)(町人口:約480人)


 燃料(ねんりょう):軽油+灯油系 約45,000L(稼働分(かどうぶん)32,000L)

 - 発電用(はつでんよう)ディーゼル機2基 → 平均(へいきん)110L/日

 - 夜間給湯(やかんきゅうとう)暖房(だんぼう)最大(さいだい)160L/日

 - 車両(しゃりょう)・ポンプなど最低限(さいていげん)稼働 → 約30L/日

 - → 合計(ごうけい)約300L/日 → 約106日分(にちぶん)


「夏だったのに、今はもう冬みたいだ」


  水:地下貯水(ちかちょすい)雨水再利用(あまみずさいりよう) → 約  450,000L

 - 1人1日12Lで運用(うんよう) → 約39日間分(にちかんぶん)《雨天(うてん)ゼロ換算(かんさん)


「こんなの公表(こうひょう)していいのか…略奪(りゃくだつ)心配(しんぱい)になるよ」


 食料(しょくりょう)備蓄(びちく)商業施設(しょうぎょうしせつ)倉庫在庫(そうこざいこ) → 約192,000食

 - 1人1日2食 → 合計約200日分


正直(しょうじき)、腹減ってるよな…」


結局(けっきょく)支援(しえん)が来なければ、30日後には終わる。

町の外に出て水を探す(あん)も出たけれど、周囲(しゅうい)砂漠(さばく)らしい。

何が起こったのか、誰にもわからない。けど、わかっても仕方(しかた)ない。


とにかく、僕の声に、町の命がかかっている。

いや、正確(せいかく)には、社長(しゃちょう)の爺さんが(のこ)した(ふる)無線機(むせんき)に、だ。


苦労(くろう)してアンテナを立てた。高所作業車(こうしょさぎょうしゃ)で引っかけて、今や10メートル(きゅう)

この電波(でんぱ)、どこまで(とど)くだろう。


“YAESU FT-757GX”。1980年代(せい)のアマチュア無線機で、当時《とうじ》の最高機能(さいこうきのう)(ほこ)っていたらしい。

HF帯《たい》オールモードトランシーバー。SSB、CW、AM、FMなどに対応《たいおう》している。


もし、ここが地球で、誰かが生きているなら――声は届くはずだ。

でも、()ける気にはなれない。賭け(ふだ)は、僕らの命だ。


「こちらSAITAMA地区、現在、住民おおよそ480名、生存、再接触待機中。」


僕は何度(なんど)でも繰り返す。死にたくはないんだ。


---


連邦ビルの一室で、ヨエル・カーンは頭を抱えていた。


彼の拠点である惑星ノヴァは、銀河辺境(ぎんがへんきょう)分類(ぶんるい)されるソル3(けい)監督惑星(かんとくわくせい)

地球――人類(じんるい)起源(きげん)がある星を含む地区で、それなりに重要(じゅうよう)地位(ちい)を持つ。


「地球から微弱(びじゃく)電波(でんぱ)…しかも救難信号(きゅうなんしんごう)可能性(かのうせい)?」


検出(けんしゅつ)したのは、Gamma-7観測機(かんそくき)記録(きろく)だった。


銀河標準時(ぎんがひょうじゅんじ)0421、断続的(だんぞくてき)に記録された異常(いじょう)通信波形(つうしんはけい)

周波数帯(しゅうはすうたい)は、かつて人類が使用(しよう)していた“AM短波(たんぱ)領域(りょういき)


その信号は、まるで空へ向けて繰り返された()のようだった。

文法(ぶんぽう)異常(いじょう)なほど単純(たんじゅん)冗長(じょうちょう)反復(はんぷく)


旧式(きゅうしき)すぎる…もはや人ではないのか。あるいは、あまりにも旧い人類…」


カーンはAIとの接続(せつぞく)を切った。時間は、残り30日しかない。


救助艇(きゅうじょてい)到着(とうちゃく)まで15日。連邦本部(れんぽうほんぶ)承認(しょうにん)なんて待てない。

地球に最も近い観測機(かんそくき)該当地域(がいとうちいき)着陸(ちゃくりく)させ、信号再送信(さいそうしん)

さらに、20日後には救援隊(きゅうえんたい)到着予定(とうちゃくよてい)放送(ほうそう)を続ける。


必要な物資を積んだ宇宙船を準備。カーン自身が乗り込む。

最も早く到達可能(とうたつかのう)技術者(ぎじゅつしゃ)を含むパトロール艇を出すようAIに命じた。


すべて、越権行為(えっけんこうい)

カーンは静かに言った。


「俺のキャリアも、ここで終わりだな」


---


通信を始めて10日が経った。反応(はんのう)は、まったくない。


もう誰かが返してくるはずだと思っていた。

でも、何も届かない。町の空気は沈んでいる。


「こちらSAITAMA地区、現在、住民おおよそ480名、生存(せいぞん)再接触(さいせっしょく)待機中(たいきちゅう)。」


僕は、ただ呼び続ける。


突然だった。

僕の声が、大音量(だいおんりょう)で町中に響いた。


「こちらSAITAMA地区、現在、住民おおよそ480名、生存、再接触待機中。」


町の外に、直径(ちょっけい)10メートルほどの球体(きゅうたい)が落ちていた。

それが、僕の声を繰り返しているらしい。


「助かったのか…?」


---


あれから20日。水はギリギリだ。


球体の話では、今日あたり救援隊(きゅうえんたい)到着(とうちゃく)するらしい。

町長たちが確認に行った。球体は沈黙したが、情報だけは残った。


救援(きゅうえん)が来る。今日、到着予定(とうちゃくよてい)


そして僕は、迎えに行くチームの一員(いちいん)に選ばれていた。

どうやら、向こうの連絡は、すべて僕の声で送られていたらしい。


通信係を外れた僕は、今は倉庫で発電機を整備している。

そこへ一台のパトカーが停まった。警察署長(けいさつしょちょう)が言う。


「タクトさん、町長が呼んでいます。同行(どうこう)を」


町のはずれには車が五台。自警団じけいだんの主要メンバーが揃っていた。


僕の場違いばちがいかんは半端ない。

でも目を上げると、巨大な宇宙船がそこにあった。


「本当に来たんだ…僕の声、宇宙まで届いてたんだ」


---


「そろったな」町長が言うと、五台の車は静かに宇宙船へと動き出した。

僕らは砂漠(さばく)境界線(きょうかいせん)を越え、金属の巨体に近づく。

宇宙船の側面(そくめん)がスライドし、とびらがゆっくりと開く。


冷たい銀色の気圧が流れ出た。中から現れたのは、細身(ほそみ)の人物。

肩に装着(そうちゃく)された翻訳(ほんやく)モジュールが光っている。


「私はヨエル・カーン。君たちを救助》にきた。敵意(てきい)はない。

だが、言語の解釈(かいしゃく)に限界がある。船にあるAIが会話をサポートする。

代表者(だいひょうしゃ)一名(いちめい)と、この声の持ち主に入っていただきたい。」


手にしたタブレットから、聞き慣れた音声――僕の声が流れ出す。


町長が、僕を見た。

選択肢(せんたくし)はないけど、心の中で小さく肩をすくめてみせる。


僕らは並んで歩き出す。

宇宙船の入口へ。

足音は静かだ。


「ドナドナドーナ、子牛を乗せて…」


僕は、誰にも聞こえないくらいの声で、歌った。


船内はSF映画(えいが)で見たそれそのまま。ちょっと驚いた。

でも、これは現実だ。

キャビンに通され、椅子(いす)二脚(にきゃく)。僕と町長は座った。


声が響く。

「今、話しているのはこの船のAIです。タクトの音声で返してもらえると、解析(かいせき)が安定します」


僕の声が、空間に反響(はんきょう)する。

町長の要望(ようぼう)を僕が繰り返し、AIが応答する。


やがて、町長の音声パターンが解析された。

「町長の声で充分(じゅうぶん)です」


町長は僕を退席(たいせき)させたいと申し出た。

残りの交渉は、二人で進めたいと。


ありがたい。僕も、これ以上は関わりたくない。

カーンに導かれ、船を降りる。


外にはもう1台のパトカーだけが残っていた。

署長と並んで車に座る。


エンジン音のない静寂(せいじゃく)の中。

僕は、長かった一日が終わろうとしていることを、

ようやく、受け止められた気がした。

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