ほしかったもの
「え、結を?」
「何かまずい?」
私は慌てて首を振った。
結は、新たな神社の神主になるそうだ。
すでにそのための教育は始まっていると。
私に事後報告なのが少々癪だけれど仕方がない。
「…汐凪、一度だけでも学校に戻ってみてはどうかしら?」
魅夜の言葉に首を振る。
だって私は、もうあそこに戻る資格はない。
みんなと根本的に違って、みんなの輪に入ることなんてできないことが確定していて、そして…
「みんなもう私のことを必要としていないでしょう?」
私なんて、いてもいなくても同じなのだから。
魅夜はこてんと首を傾けて、他にも何人か神職として連れていくと言った。
「汐凪。少しいい?」
珍しく朝日が声をかけてきた。
結に”しつれい”だと言われた口調のまま、早良に似ているその振る舞いもそのままで。
「どうかしたの?」
「姉さんたちが、帰りたがっている」
姉さんたち…大遠野国の他の巫女のことだろう。
「帰りたがっているって?」
「荘園。姉さんたちは、あそこが懐かしくて仕方がない。」
私は一度目を閉じた。
「そう。」
「汐凪、わたしはどうすれば?姉さんたちはこのままじゃ壊れてしまう。
幸せだった日々に閉じこもって、何もしなくなる」
リーダー格の人が機能しなくなると困る。
いつかは戻してあげたいとは思う。全てを知って、そのあとで判断してもらいたいと思う。
でも、今じゃない。
「なら、書き留めるのは?書く時間だけ、その日々に浸かるっていうのは。
決まった時間だけにすれば、他の時間は困ることは減るのではないかしら」
戻すのが正解なのだろう。けれど、私はそれを許すわけにはいかない。
だって、困るから。
「提案してみる」
朝日はパタパタと走っていった。
これが何も変化をもたらさない気休めだと知っているだろうに…
「以前の私なら、違ったのかな」
きっと、真摯に寄り添おうとした。
少なくとも話を聞いただろう。
でも、今の私にそれはできない。
どんどん、私が酷薄な人間になっていくのを感じる。
それを止める術を、私はもう失ってしまった。
自ら、断ち切ってしまった。
清はもういない。結は神主になった。早良はきっともう私のところにやってこない。
頑張っているのに、みんなはそれに気がつくことはなく、私に失望していくだけ。
多くを望んだわけではない。
ただ、荘園を滅ぼす世代として、少ない犠牲で物事を運ぼうとしただけ。
身近にいた人に死んでほしくなかっただけ。
いつまでも変わらず、ここにいて欲しかっただけ。
ただ、味方が欲しかった。
そばにいると言われなくても構わない。そんな言葉より、そばにいて欲しかった。
ただ、ただ、私はそんな、そばにいてもらえる人になれるように与えられた役割を必死でこなしていただけ。
それなのに、私の手元には味方になるような人は誰一人、残ってはいない。




