神のはじまり
「汐凪」
顔を上げると清が立っていた。
「清…?どうかしたの?」
「私、神になります。」
神…?どういうこと?
「汐凪のこと、私どうしてもゆるせないの」
清の顔は暗くてよく見えない。驚くほど淡々とした声で、清は続ける。
「わかっているわ。崩壊に際して誰も死なないことなんて無理だったのは。
でも、それとは関係なく、ゆるせないの。
私には江しかいなかったの。江以外何もいらないの。なのに、あなたが奪った。」
清は私の頬に手を触れる。
「どうしてそれを今?」
どうしてかしらねと清は笑う。そして、私の頬を撫でた。
手が温かくて、まるで慈しむように撫でるから、勘違いしてしまう。
私が、清に許されるはずがないのに。
「行ってきます。」
清は、そのまま消えていった。
清がいなくなって、忙しさは倍になった。
ひたすら家やお金や戸籍など色々な手続きに追われる日々だ。
「汐凪、まだ伝えてない?」
「…うん」
私はもう一度荘園に戻れば、二度と戻れないのだと伝えてはいない。
戻りたいと言い出す人にのみ教えればいいとは思っているのだけれど…
「ねえ早良、そもそも荘園っていまもあるの?」
崩壊したよね…
「あるよ」
後ろからひょっこり霧氷が現れた。
「霧氷?!どういうこと?」
「ほら、汐の荘園だったところがあるでしょう?あそこがまだ残ってるの。
結構大きくなったよ。」
霧氷はふふっと笑って一回転した。
「汐凪、わたしはあなたに選択肢をあげにきたの。
神になるか、このまま死ぬか。」
…え?
「そうだなー、汐凪って、神が住むところはなんで呼んでいる?」
「神界だけど」
それがどうかしたのだろうか。
「実はね、神界って存在しないんだよ」
えっと?
「神界っていう名前の場所は存在しないの。あるのは高天原っていうところだけ。」
高天原…初めて聞いた。
霧氷は短い髪をいじる。
「荘園の崩壊はすなわち神の限界。でもね、神がいなくなると困るの」
それは、わかる。荘園を維持できないほどに神の力が衰えたということだから。
「だから、こうしたの。滅びるのは神界であって、高天原ではない。最高神は、四代目だって。」
霧氷は木に登ったり、石によじ登ったりしながら歌うように続ける。
「そして、計画通り神界と、そこの神々は滅んだ。わたしの眷属を除いて、全て。」
霧氷はなんの感慨もなさそうに、事実を述べていく。
「汐凪たちはね、わたしたちが介入して生まれたの。
荘園を滅ぼす世代として。」
滅ぼす、世代…
霧氷は座って何かを作り始めた。
「清は、そもそも神なの。神に執政官としての役割を負わせた。
早良は、実は生む予定はなかったの。必要として生み出されてはいないの。不必要ではないよ?橋渡しの役割を負わせたの。
みんながするはずだった役割を一人に集めたの。
結は、全てを閉じるために作った。
汐見は、汐凪を生み出すために作った、いわば母体。でも、そのおかげで人口が減って助かったなぁ。
最後の人形を操っていたのは、汐里。本人が意図したことではないの。ただ死体の役割に能力を紐づけただけ。
汐里が操っていたわけではないから、叔母のことを恨まないでね。
泊は、歴史を消すために作った。荘園が初めから存在しない方が都合がいいの。
きっともうそろそろその役割に気がつくよ。そうなったとき、泊はどうするだろうね。」
みんなの、生まれた理由がつらつらと並べられていく。
気持ち悪い。
どうして、そんなあなたたちの事情に振り回されなくてはならないの。
「汐凪、選んで。神になるか、それとも、わたしの眷属じゃなくなって死ぬか」
霧氷は出来上がった花の指輪を差し出してきた。
「ねえ、わたしは残酷だね?でも、もうこうすることしかできないの。
わたしは三代目烏姫。壊して嘘をつく、最低の最高神だよ。
三ヶ月後、またくるから。それまでに決めてね」
霧氷は迷子のように笑って、神界に、高天原に帰って行った。
「早良…」
早良はにこりとだけ笑って立ち去っていった。
一人取り残された私は、花の指輪をそっと枝にかけた。
あけましておめでとうございます…ネムイ




