兄妹
「汐凪……」
結の声に後ろを向くと、結がつらそうに膝をついていた。
「大丈夫?」
「わからない……」
結の肩に手を置いて、しゃがむ。
ずいぶんと苦しそうだ。
「ああ、そりゃあ結は普通の人だからね。」
「霧氷……」
後ろにいた。さっきいなくなってたと思っていたのに。
「荘園を閉じるのは神の領域だよ。人間の結が閉じたら副作用が出るに決まっているじゃん」
「決まってるって言われても……」
知らないし聞いてないのだけれど。
「副作用は、何が起きるの?」
「わからない。だって荘園を閉じるのなんて初めてだから」
「うーん、どうなっちゃうのかはわからないよ」
ええ…
「死んだりはしない?」
「あ、それはありえないよ」
早良ったら、何を言っているの。結が死ぬわけないじゃん。
「…どういうことかしら?」
「え、清も知らないの?おばさまの力」
わたしの力だったら隠してたんだけど…
「人形にして、結びつけると結びつけられた人は人形が壊れない限り死なないの。
つまり結は佑がいる限り死なないよ。」
もちろん、死にかけるとかはあるけど…
「何その力。初耳。」
あ、え、そうなの?言ったらまずかったかな。
「結、少しゆっくりしておいて。」
流石にきつそうだし。
「汐凪、何言っているかはわからないけれど、とりあえず混乱しているから沈めて。
支援は行うから」
「ありがとう。なら、まずご飯と毛布をお願いできる?数があるかどうかだけど…」
魅夜はにこりとわらった。
「神宮をばかしにしないで。それぐらいはある。」
魅夜は隣の に目配せをして準備にかかった。
「皆さん、炊き出しです!本殿の方に向かいなさい!」
「汐凪さま、私たちは何をすれば?」
朝日、露華、冬火だ。
「あ、そっか。これから小さな管轄にわけないといけないから、知るべきことを教えるね。」
こっちの世界でやるべきことを伝えておく。
「まず、和歌のテストを行う。優れていた人はそちらの筋で引き取られる。
ほかは、自力で切り開くか誰かに仕えるかになる。子供がいるところは気をつけてね。学校っていうの
にいかなくてはいけないの。
こちらでの戸籍取得はなんとかなるから。
まとめてあるから、あとで渡すね」
ここ二年ちょいの成果を活かさないと。
ーーーーーーー神界にてーーーーー
「それでは、初めます。」
「…霊姫…」
霊姫はニコリと微笑んだ。これまで千年仕えてきた主に、自らができる最後のことだ。
「ありがとう。」
「滅相もありません。」
神界は、初めから存在しないところ。それがなくなるだけだ。
「わたくしには四姫も月姫もいる。けれど、わたくしにとっていちばん大切な、わたくしにとっての神様よ」
霧氷は、いや、天上大御神は霊姫に触れた。
そして、ガラスのようにな砕けて神界がなくなる。
「ああ、綺麗ですね。」
霊姫は、全ての責任を背負って、そして、霧氷の役割を全て肩代わりして、消えていった。
「うん、本当にきれい。」
霧氷が何もない空間でくるりと回って、作り替えていく。
この地の理を、荘園を、神を。
そして、美しく作り替えられている。
「お見事です」
「四姫、月姫、しばらく番をお願いね。」
霧氷は、下に降りる。
引っ掻き回して、ぶち壊して、引き摺り込むために。
「楽しみにしておいてね?」
下で忙しそうに、でも楽しそうにしている二人を見つめた。
霊姫は、わたくしの教育係だった。
厳しく育てて、わたくしは前任者の尻拭いをするのが主な役割だったけれど、それよりも多くのことを教えてもらった。
霊姫がいたから、わたくしは高天原でも生きていけた。
だからこそわたくしは教育者の二つ名を手に入れるまでになった。
「霊姫は、いつまでいるの?」
「…わかりません。」
霊姫は、他の神より長生きで、わたくしの代理としての役割を長くこなしていた。
ならもうそろそろなくなってしまってもおかしくはないけれど、ずっといてくれた。
「霊姫は、この命が尽きるまで烏姫にお仕えしますよ」
霊姫は水に生きる信仰神。
流れるままに生き続けてきた。
水の流れを妨げられるのなら、妨げてしまいたい。
「…高天原が、崩れています。荘園も端の方が…」
霊姫から知らされたのは、まだ今の長が産まれるよりも前だった。
「…荘園が崩れるという初代の巻物に似たような状況の記述があります」
うそ…
「…本当だ。どうしよう…」
荘園の崩壊、高天原の崩壊、それに伴って様々な戦乱。
引き起こるのは必然だ。
「…崩壊するのは、あくまで”人々に信じられている神の世界”と書かれています。ならば、ここを利用できるのでは?」
「というと?」
「高天原ではなく、そうですね、神界を創り出すのです。
あくまで実態のない名目上の。天上大御神も実態のない、いると言われているものだけにするのです」
それは、できるものなのだろうか…
「霊姫の案が安全なのはわかるけど、リスクが大きすぎる。
そこまでして避けるべきことなの?」
「…過去に、そう言い張っていながら崩壊して消滅した大陸が存在します。やり過ぎることに意味はあります。」
霊姫、怖い。
「怖い。わたくしは怖い。失敗してしまったら、みんなを巻き込んでしまう。怖い、怖いよ。」
霊姫はしゃがみこんだ。
「わたくしが全ての責任を負います。ですから、安心してください。」
霊姫…
「そのためにやるべきことがあります。聞いてくださいますか?」
霊姫は眷属を作ること、執政官の中に神を作ること、閉じる人間を作ることなどを説明した。
「どうやって、そんなことを考えたの?」
「今考えました。」
恐ろしくない…?
こんな人がわたくしの部下なんだ…
「協力しましょう。」
四姫と月姫に打ち明けて、月姫と四姫を死んだことにした。
長を存在だけする傀儡に作り変えた。
清を作った。
汐を操作した。
佑を操作した。
早水をこちら側に連れてきた。
…その間、わたくしはずっと眠っていた。
「天上大御神は存在しないということになっておりますから。」
とのことだ。
わたくしのために、わたくしの知らないところでたくさんことが進んでいくのが怖くて仕方がなかった。
「気にしなくても良いのです。わたくしが全て行いますから。」
「違う。違うの。そうじゃない。わたくしにも何かやらせて。」
でも、通じない。
「霊姫…」
ねえ、わたくしは霊姫と過ごしていたい。
霊姫とのんびり、対等に話してみたい。
「だめだめ。」
こんなこと、思うだけ。実行してはいけないから。
「ねえ、どれだけ待てばいいの?」
流れる水は止まらない。止められない。
全て回収することはできないから。
お久しぶりです。ごめんんさい中途半端で……




