荘園の現状
「う…そ…」
降り立ってまず目についたのは空だった。
赤く大きな裂け目から赤黒い煙が吹き出している。しかもヒビが入っていて裂け目はどんどん大きくなっている。
人々は痩せ細り、何人かは肌が赤い。
焼けたようでも出血したようでもない異様な赤さになっている。
全身赤い人が地面を転がされていて、その上にハエがたかっている。
地面は乾いて草ひとつ生えていない。
あの美しかった景色はどこにもない、ただの地獄絵図だ。
「人……執政官の……」
「ご飯を、ご飯を」
「お母、さん……」
これが、今の荘園。
志望者とか言っている場合ではない。
こんな状態ではとてもではないけれど脱出場所までいけないし、こんな人たちを見られるほど用意はしていない。
声をかけてきたのは朝日だった。
ということはここは大遠野国のどこかなのか。
「朝日…ここはどういう状況?」
「ある程度は霧氷様から聞いていると思うから詳細は省く。食糧難に加えてあの空からの煙で赤肌になる人が多い。
ここは特にひどい地区。庶民の住宅が密集していて、かつ真上に裂け目があるから。」
上を見ると確かに真上に裂け目があってもうもうと煙が出ている。
朝日は必死そう。そりゃあそっか。
死者数で崩壊が始まるし、それ以上に人の“希望の光”にならなくてはならないから。
朝日はせっせと食糧を配っている。
前会った時よりだいぶ痩せた。
光のない国、招光帝国。
光のない人の心を照らす、光の巫女朝日。
「この病に関してわかっていることは?」
「巫女国に置いてある。初めの方は結構調べていた。
今はそれどころではなくて止まっているけれど」
緊急事態しかないし、転移しても問題ないか。
「巫女国、ここかな」
転移先は塔の上だった。
「巫女様だ!」
「巫女様、どうかお恵みを!」
なに、この人たち。
塔の下にはたくさんの人と死体が並べてあった。
さっきの地区より地獄絵図の度合いが上がっている…
「鎮まれ」
この声は、
「泊!」
「…汐凪、早良。戻っていたの」
「うん、今さっき。できることはある?」
泊は式神を5枚飛ばした。
「帰ってくるまでは手伝って」
泊にこき使われ、その最中に巫女たちが書いた病の記録があった。
『瘴気にあてられても発症する人としない人がいる。
主な症状は皮膚が赤くなること、物を全く食べられなくなること、何もかもを痛がること。突然に死亡する可能性がある。
回復した人は未だいない。』
病症記録のようなものと日記のような形式で色々書かれていた。
『空が壊れてから、人がたくさん倒れた。
まずは子供。一人が死ぬと次に老人。さらに一人が死ぬと病弱な人たち。でももと寒国のあたりはもっと大変らしい。私も頑張らないと」
どちらかというと交換日記か。各々の記録を持ち寄ってまとめていると言ったところか。
『水がもう持たない。寒さで何人も死んでしまった。どうしよう、姉さんたちがいないと何もできないのに』
これは一番年下の朝日の書いたものだろう。同じ筆跡の治療記録は正確なのに、こっちは本当の日記だ。
『咲洲地区のあたりでは死者が二十人を超えてから感染者は落ち着いた。代わりに他の地区で重症者が増えた。元寒国のあたりは何故か感染者が多い。裂け目は日々移動している。』
書いたのは誰だろう。かなり沢山の情報が書かれていてずいぶん役に立つ。
「日記は死亡者が多くなってきたあたりで終わっていますね」
「それどころではなくなったのでしょう」
そうこうしていると泊の式神が全て帰ってきた。
「執政界に一旦戻ってください。清からの要請が最優先なので」
ということは他からの要請もあったのか。
そっちを蔑ろにしてもいいのかは判断できなかったのでひとまず執政界に転移した。
「清、江!」
執政界内は荒れていた。
元々神が作ったと言われるようなところだったが、滝の水は枯れ、池の水はあるにはあるが魚が一匹もいない。
しかも異様に暗いし臭いし澱んでいる。
「ああ、汐凪の幻覚ね。ごめんなさい、今17日寝ていないから幻覚が…」
「清、寝て!引き受けるから!」
「なら死者数の把握と見捨てる集落の剪定と…」
「いいから寝て!それぐらい見ればわかるから!」
清が限界だった。
早良が目を覆うとぱったりと眠り込んでしまった。
「江は?」
「いない」
まあ、いいか。
「ひとつ頼みたいのだけれど。
早良、この病を治癒できる?」
「やってはみる」
自信はないのか。まあ、これはただの病ではないし、瘴気が原因だし。
早良があれこれやっている間に書類仕事を片付ける。
流石に荘園の参謀足る清があの状況ではよくなるものもよくならない。
少しでも楽にしたい。
「やってはみた。治る気配すらない」
やっぱりか…
「なら、清を癒しておいてもらえる?私は結界を張れないかやってみるから」
瘴気を防げたらいいのよね。
神の結界に足りるかはわからないけれど…
「結界展開。範囲、裂け目」
んー、張れるははれるけど、10秒ももたないな…
「きーよー、いるかしら?」
沃様…?
「はーい」
沃様は死亡記録を大量に持ってきた。
「…なんのためになさっておられるのですか?」
早良が疑問を投げかけた。
確かに人数確認はいるけれど全員を集計するなんて不可能だし。
絶対に取りこぼしがある。
「死者数が条件で発動するのよ?あとどれくらいか把握しなければ」
「この病は突然死亡するのですよね?なら、今この瞬間に患者全員が死亡してもおかしくない。なのに悠長に集計する意味がわからない。
取りこぼしだって絶対にあるでしょう?」
沃様と言い合いをしたくはなかったな…
威厳と自信なら負けると確信している。
でも、引くわけにはいかない。
「こんなことに時間を割いているから清は半月も眠っていないのでは?
これより、どうやって避難させるかの経路確認をやるべきでしょう」
「今回は汐凪の勝ちです。」
沃様の後ろからひょっこりと結が現れた。
もちろんしっかりと佑を抱きしめている。
そのあと議論して、死亡者数の観測は巫女まで、自由報告とすることになった。
ただし要請した場合は絶対即時開示なので現場では集計が続く。




