最後の日常
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私は北寺学園女子部の最優秀、五木汐凪です。」
最優秀になってから4ヶ月が過ぎ、4月になった。
新入生歓迎の挨拶の係になったのは、氷舞宮が風邪をひいたからだ。
「そっちの方が見慣れてる」
「早良。いたんだ。まあ、本来こっちだし」
人の上に立つべくして生まれたし。
「早良先生、こんにちは」
綾波がにっこりと対外用の笑みを浮かべて近づいてくる。
「綾波。本日は生徒は立ち入り禁止です」
「私は浜浦家の当主として呼ばれたので、生徒の立場ではありません」
あの日以来、2人は何故かライバル心を燃やして、会うたびに空気が凍っている。
「まあまあ。今日はこれから暇だから、みんなでどこか遊びに行かない?」
「花見!」「花見」
こういうところでは2人の意見がぴったり合う。やっぱり仲がいい。
調べて近くの屋台が出ている公園に向かった。
「綺麗」
「私にはどこがいいのかわからないけど」
ただの花に群がってありがたがる人の心理は謎だ。
夢見幾世の桜守が守る夜見桜ではあるまいし。
「いずれ散るから美しい…と言われているけれど、私からしてみれば美しいと言われているから美しいとかんじるだけだと思う。」
だいぶ容赦ないね、綾波。
まあ、そういう側面があるのかな。
読んだ本ではもれなく美しく儚いと言われていたし。
「はい、小籠包とベビーカステラとわたあめ」
早良がよくわからない組み合わせのものを買ってきた。
私は1人ベビーカステラをつまみながら屋台を見て回る。
たくさんの子供達が遊んでいて、とっても楽しそうな声があたりに響いている。
「おかあさん、あれやりたい!」
小さな子が足元を走り抜けて目の前の射的の屋台に行った。
「2回お願いします」
やりたくなったので早速2回、10射分を購入した。
いくらやってもなかなか当たらない。私は射的が下手なのかもしれない。
「一回追加で」
すでに20射はやっている。
流石に財布の中身が少なくなってきたのでもうそろそろ終わらせたいが、ここまでやって取れなかったは避けたい。
しかしなかなか当たらないのだ。
作戦を変更して別のものを狙うか、でもあと少しだし…
「あ、結界を使えばいいんだ」
この弾の移動できる範囲を指定すれば確実に当たる。
なんで思いつかなかったのだろう。
「範囲指定、銃弾の移動可能範囲」
しっかりと見据えて射出すると、当たったが動かない。
「範囲指定、飛行能力。」
目的のものを浮かせれば問題ない。
もう一発当てて、落とした。
受け取って喜んでいると、いきなり後ろから殴られた。
「この馬鹿」
「いったぁ。早良、何するの」
仁王立ちをしている…怖い
しかも結構本気だった。頭が痛い。
「能力を使うのはずる。」
「いいでしょ。これまで20発使ったのだし」
五発で使っていたら甘んじて説教されたがだいぶ賭けたあとだ。
「それで、何とったの」
「ボードゲーム。みんなでやりたくて」
早良はやれやれと手を振って私のベビーカステラを四つ取った。
「あー!」
「冷めてる。」
早良はパクパク四つをあっという間に食べてしまった。
まあ、もともと早良が買ったものだし、多いし、いいか…
「霧氷から連絡」
ポイっと手紙を渡してきた。
訝しみつつ開けると、空にビビが入ったことが記されていた。
「ヒビが入った、って、」
「もう近い。あと、これが規則の草案。」
草案は完璧だったので、さっさと協会を設立することにした。
会長早良、副会長私で。
早良の方が自由に動けるし、最優秀が補佐するほどの人物だと箔をつけられる。
逆だとそうはいかないし。
「綾波!」
綾波はボール投げに勤しんでいた。
「揃いも揃って…」
「ほとんどお祭りだし、羽目を外してもいいでしょう。」
綾波は責められないと思う…
「これが最後の“日常”でしょ?」
もう、こんなふうにのんびりできることは少なくなる。
だったら、最後を謳歌しよう。
「早良も、あれやりたいの?」
さっきから早良がしきりに視線を送っていた屋台を指差す。
ピンポン玉ぐらいのボールを弾いて穴に入れるものだ。
「別に、やりたいとかでは…」
「やろう!」
無理矢理屋台に連れ込んで、笑いながらみんなで過ごす。
そういう日が、私は好き。
結局、2人は参加賞を手に入れた。
すっごく不服そうだったが、こればっかりは能力運だ。
「これ3っつで」
汁物を買って、飲み物を買って、みんなでボードゲームで遊ぶ。
「ええっと、これはここにはめて…」
「ここに着けば変わるんだって!何に?」
あわあわしながら用意する早良とわかっていない私に綾波は頭を抱えた。
「汐凪、どうしてこれがボードゲームだとわかったの…」
「え。聴いたから」
隣の席の男の子があのボードゲームほしいと言っていたから。
「最優秀がボードゲームできないって、笑い物だね」
「カードゲームはできるよ!全敗中のスピードとか」
「それしかできないでしょう。威張れないよ」
ボードゲームは結局中途半端に終わった。
風が強くて成り立たなかったのだ。
「あーあ。またやろう、3人で」
それが叶わない願いだったとしても、希望になるから願わずにはいられない。
早良は電車でさっさと帰ってしまった。
「お腹いっぱい。」
「ベビーカステラ、量多いし」
たった20個でこんなにお腹がいっぱいになるなんて。
「わたあめ食べた人が言えないよ。あれほぼ空気じゃん」
「その代わり汐凪のを5個食べたよ」
お腹いっぱいと言いながらベッドでゴロゴロしている。
私は寝ながら草案をもう一度見て、不都合なところがないか確認する。
「汐凪って、いつまでいるの。」
「んー、葉月にはもういないかな」
綾波はそっかと下を向く。
「なに、寂しいの?」
「うん。」
驚いて資料を撮り落としてしまった。
綾波はそういうこと言う子じゃないと思っていたけれど…
「はじめの頃はどんな冷たい人なんだって思ったよ」
「忘れて」
それが今では一番の友人だ。
「私はね、綾波とであっただけでここにきた成果は十分あると思っているよ。」
だから、いなくなっても悲しまないでね。




