早良先生
「言い方っていうものがある」
綾波はそう言いながらも荷物を持ってくれた。 しかも大半の。
「もつよ」
「いいよ。疲れたでしょう?」
綾波の善意に甘えて荷物を預けて、二人で学園に戻る。
「あ、もう食堂しまっている時間。何か買って帰る?」
「ん~、私商店に入ったことないんだよね、とくに食品系の」
今まで寮があったり社食だったりして、買いに行く必要がなかった。
第一、そんな時間もお金もなかった。
「ならこの機会に行こう。」
綾波に手を引かれて夕方の街に繰り出した。
「ここのメンチカツおいしいよ」
「メンチカツってなに」
おすすめされたすべてはわからないものだったが、綾波の話を聞く限り美味しいものなのだろう。
結局メンチカツとポテトサラダとトマトスープという綾波いわくまとまりのないものを買って帰った。
「門限がぎりぎりだね。まあ、甘く見てもらえるとは思うけれど、急ごう」
パタパタと帰っていると、門を過ぎたところで声をかけられた。
「汐凪」
この声は……
「早良。珍しいね。どうしてここに?」
「ああ、」
早良は服を見下ろしてこちらに向き直った。
「先生になった」
「先生って、早良…」
「正確には臨時講師。神楽舞の先生が休暇をとって、その補欠として短期でやってきた。
つまり汐凪の先生。」
汐凪が…私の…
「今日はそのために来た。もう帰る」
「やっったぁ!」
ようやく早良が近くに来る!
「汐凪…?」
綾波はポカンとしている。確か、きちんと会うのは初めてか。
「早く言ってくれればよかったのに。あ、こちらは綾波。私の同室」
「はじめまして。」
早良は無表情に見つめている。
無表情同士が見つめているの、見てて少し面白いかも。
「こっちは早良。私の仲間」
早良は無言で頭を下げただけだった。
「汐凪、門限」
「あ。ごめんね、早良。また今度!」
寮についたのは門限五分前だった。
ギリギリセーフ。
「綾波、どうかした?」
さっきから反応ないけれど…
「あ、うんん、なんでもない。早く食べよう。冷めちゃう」
晩御飯は全て美味しかった。
メンチカツは程よく油が乗って、甘いたまねぎがおいしさを引き立てている。
ポテトサラダはすこしごろっとしたところが残っていて、ゆで卵も入っている。
トマトスープは、むしろ玉ねぎが主役でトマトは丸ごと入っていて食べ応えがあった。
「綾波、おいしいね」
「当然」
それからいつもと違う時間にお風呂に入ってのんびりごろごろ過ごした。
「久しぶりだね、こんなふうに過ごすの」
「確かに。ずっと最優秀候補としてバタバタしてたしね」
部屋には寝る時以外ほぼいなかったし、疲れ切っていた。
綾波と穏やかに話すのは久しぶりだ。
「今私ね、ずっとここにいたいって思ってる。
できないのはわかっているけど」
最優秀で、特進科で。
進路に悩む時期…ではあまりないけれど。
ここから上には進まない。
「そうだ。綾波に試してほしいことがあるんだけど」
「何か」
綾波はメンチカツを口の端につけたままこちらを見上げた。
「神と対話して欲しい」
「…え?」
驚かせてごめんね。
ポカンとしている顔が面白い。
「できるらしいの。綾波の力なら」
綾波に霧氷から教えてもらった方法を教えた。
「…妖怪を呼び出すみたい」
「それ夜中にやるやつ」
綾波でも、これが求められるぐらい緊迫しているとわかるでしょう?
「ここにいて。」
「綾波?」
綾波がそんな顔をするのは珍しい。
「ここにいてよ、汐凪」
縋るような目。
それは、とっても危険。
「無理よ。
でも、できる限りはここにいる。それまでは離れないから」
だから、ここに残るのはやめて。
綾波は当主でしょう。
当主が執着してはダメ。
前に進まないと。
決して過去には戻らずに、前だけを向いて進まないと。
たとえどれだけ茨の道であっても。
「早良は、汐凪の何?」
何、か。
「仲間。百年来のね」
そうとしか言いようがない。
綾波は口角を持ち上げた。
「頑張って、最優秀」
それは予言のようだった。
それからは怒涛の日々が始まった。
生徒会長、最優秀、寮長、完全に壊滅した特進科の学科長になった。
もちろん寮長と学科長は実務面では他の人に任せることができるので、そのための人員の選抜をする。
生徒会長として生徒への連絡や教師との架け橋としての役割をこなす。
並行して学校生活を送る。
最優秀は条件、つまり成績を落とすと資格を剥奪されるので必死だ。
「五木さん、大変そう〜」
「花野…就職決まったんだって?」
この学園の能力科は結構早いうちに就職が決まる。
「うん。陰陽の情報科。索敵とかやるの」
花野には向いていそう。
私はどうなるのかな。
「先生、将来ってどうしたらいい?」
「先生にため口を使わない……それよりも今はやることがある」
早良には一蹴されてしまった。
まあ、そうだよね。
とりあえず今目の前のことをやらないと。




