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人形シリーズ  作者: 古月 うい
第四部 見破られない人形 学園編

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八谷神宮

ーーーーー早良ーーーーーーーーーー


「汐凪。」


最優秀となった汐凪。着実に目標を達成している。


「早良!ごめんね、迷惑かけて。」


「別に。」


汐凪はいつも笑っている。それにどれだけ絶望して、救われたか。


「霧氷が明日来ると。」


「そうなの?まあ、もうそろそろだしね」


あと一年と思っていたが少々早まり、あと10ヶ月。


荘園が崩壊する日が、もうすぐそこだ。


「ねえ、早良に頼みたいことがあるのだけれど」


「何」


汐凪はがさがさと鞄をあさり、本を取り出す。


「協会。公的に認められた方にするには多分間に合わないから、こっちね」


協会という枠組みにして、明確な形で荘園出身者とその子孫のサポートをするためらしい。


「ゆるい繋がりだといつ無くなるかわからない。でも、ものがあれば見つけられるでしょう?

思いつくのが少し遅かったけれど。」


汐凪はすごい。私は日々の生活で手いっぱいになりがちなのに。


これが執政官ということか。


「わかった。草案ができたら送る。

荘園からの報告は、今は魅夜が仲介している。直接話せるから」


それから、汐凪と今の状況について簡単に報告しあった。


そのあと仕事をして、終わってからまた話す。


「神話を?」


「言ってなかった?物語形式にするの。神々だって苦労しているのに、誰にも知られなくなるなんて、あんまりじゃない」


「今はやめた方がいい」


なぜかそう言ってしまった。


「どうして?烏姫という存在自体がおかしいから?」


今の烏姫は、一回も私たちの前に姿を見せていない。


私の違和感はもっと根本。


「荘園の行く末まで書かない?」


それが今私にできる時間稼ぎ。


「それもそうね。

もうこんな時間。明日に備えようか」


汐凪が納得したのかはわからなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「霧氷、いらっしゃい」


「うん。早速なのだけれど、初代天上大御神の遺した手記が見つかったの。そこに、荘園の崩壊に際して起こることが記されていた。

確実ではないけれど、作った人が想定したから一番確実。それを説明するね」


もう、それほどに緊迫しているのか。


「まず、空が壊れる」


…えっと?


「早良、空って壊れるの?」


「知らない。」


霧氷は笑っているが、むしろいきなり空が壊れると言われて理解できる人の方が少ないと思う。


「結界が壊れる、という認識でいいよ。そのあと、いわゆる瘴気が入ってきて、体調不良になる。

死亡者が一定数に達した後、”烏姫の荘園”の領地ひとつづつに大穴が開く。そこから外に出られる。」


一箇所か。大遠野国もあるし、全員が出るまでにだいぶ時間がかかりそう。


「その間、恐ろしいことが起こるらしいけれど、ここからあとは虫食いで……」


神の資料に虫食い。神さまも虫食いに悩まされるのか。

少し面白いかも。


「では、私たちはいつ戻りますか?」


「そうね、空が壊れてしばらくしたら、かな。

行くときは絶対に私に言うこと。戻れなくなるから」


絶対にを強調して厳命された。


「この際なので教えてください。どうなれば自由に行き来できるのですか?」


早良が霧氷に尋ねる。霧氷はしばらく視線を彷徨わせてから畳に手を置いた。


「わたくしの眷属になる。絶対にわたくしの。霊姫達ではだめ。」


神の眷属って、神ってこと?


「そうなればこちらでは現人神のような存在になる。つまりは日常生活を送るのに支障をきたすかもしれない。

だからぎりぎりまでやらない。」


そう。それが霧氷の優しさね。


「霧氷との連絡を、私も取れるようにしたいのだけれど」


「汐凪は早良からの言伝だっけ?なら、あの子。ええと、泉月の」


「浜浦綾波のこと?」


その子その子と霧氷は言う。


確かに感情の写し水ならできるかもしれない。こっちで言う、ビデオ電話のように。


「ただ、汐凪が見たいと思わないと繋がらないから、緊急の場合は無理。早良、そこは頼みます」


早良がしっかりと頷いた。


どうやら手順があるらしく、それを説明された。


「崩壊は、いつ頃に」


「そうね……来年の葉月には確実に」


来年の葉月。それは、もう近い。


来た時には三年あるしどうにかなると思っていたのに、あっという間だった。



「もう戻るね。ごめんね、あまりいられなくて」


「気にしなくていいよ。忙しいでしょう。」


霧氷は崩壊についての業務連絡だけをすると慌ただしく去っていった。


忙しいのだろう。もう、彼女は前のように子供として振る舞うことはできない。


「お気をつけて」



「早良、仕事しよう。」


「汐凪、疲れているでしょう。休めば?」


早良は優しいな。でも


「これぐらいで休むわけにはいかないよ。」


最優秀となったのだから。

それに、荘園のみんなはきっともっと忙しい。私が弱音を吐くわけにはいかない。


「わかった。無理はしないで」


結局一杯一杯まで働いて早良に文句を言われた。



「もう戻るの」


「帝にお会いするために。準備があるので」


魅夜からは惜しまれた。


「そう。今の帝はわたくしの同胞の兄よ。どうか、頑張って」


魅夜…


「ありがとう。」


ーーー早良ーーーーーーーーー

考えるまも無く答えがわかる。


汐凪は、だからこそ何も考えない。


わかる答えを考えないから。考えることが楽しくないから。


汐凪は、こちらでは生きずらいのかもしれない。


“位が高いほど、適応できない。”


いつか誰かが言っていた。この世界はそういうふうにできていると。


だから、元の環境に閉じこもって、今に目を向けたがらないのだと。


離れていく電車を見送って、そんなことを考えた。


空が壊れたと知らされたのは、6月だった。


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