悪霊
「汐凪、式神じゃない?」
この間似たようなことを言われた気がする。
窓には優雨の式神の鳥。
「やっほう、汐凪。元気そうね」
「そんなこと言うために来たのなら丸焼きにするよ」
なんでこの鳥こんなに気安いの。
「陰陽が討伐中に悪霊の群れを4つ逃して、うち二つがこっちに向かっている」
早く言って。
またしても執政官の服で飛んでいく。
学園の中心の上から見ると、すでに何体か到着していて交戦中だった。
確か悪霊は能力持ちを喰らうことで強くなりその力を獲得する、だっけ。
しかもまだまだ後ろにいる。
「対処は無理。死人がでる」
ここの設備だけでは無理。
陰陽からの連絡ということは、陰陽の人たちはこっちに向かってきていると考えて問題ない。
求められるのは時間稼ぎ。
初めて見る悪霊に泣き叫んでいる人もいる。
当たり前か。
「結界、展開。範囲、北寺学園。2重」
途端に周囲に結界が張られ、悪霊が下がる。
けれど私の結界では限界がある。
「綾波、私の荷物から式神を出して外に放り投げて。
それと、先生を呼んできて」
「なんで浮かんでいるのかと聞くのはあとにするね」
一応私の結界の範囲内だからだよ。
そういえば綾波を飛ばしたことなかったな。
「わあ、なんで無駄に数が多いの」
流石にこの数だと“命令“できない。根比の始まりだ。
「汐凪!」
下から叫んできたのは氷舞宮だ。私はここから降りる訳にはいかないので氷舞宮を上げる。
「氷舞宮、陰陽の手から逃げた悪霊の群れ二つがここにいます。
おそらく陰陽が向かってきているので決して建物から出ないように。」
「汐凪は?」
私はここを離れる訳にはいかない。
生徒は氷舞宮に任せればなんとかなるだろう。
「五木さん、浜浦さんからある程度は聞いておりますが、これはなんですか?」
次にやってきたのは綾波と卯木先生。
「陰陽の手から逃れた悪霊です。先生方にあれに対処できるものおりますか?」
ああ、陰陽からの知らせが入っていないのか。
「二名ほど。ですが、先程に対応する形で一名負傷しております。」
「被害状況はわかりますか?」
先生はやはり先生だ。こんな環境でも生徒に目立った混乱がない。
「西塔の一部が壊れ、負傷者三名、死者はなし。外との連絡はできないことはないけれど、とても遅く雑音が入るぐらいでしょうか。
まだ全体の確認が取れてはおりません。
この結界はどれほど持ちますか?」
わあ、すごい。私も荘園の崩壊までにこんなふうにならないとな。
あとで先生に弟子入りでもしようかな。
「十分なら余裕、二十分なら怪しいです。」
先生は頷いた。
「あなたは結界の維持に全力を。陰陽はあと十七分で着きます。それまでどうか」
先生は作業に戻って行った。
とは言ったものの、どうかな。
なんだか持つ気がしない。
「綾波、厳しいことを伝えると、このままでは持たない。」
綾波は不安そうな顔をした。綾波なら、できるでしょう?
「どうしたら…」
「西塔の瓦礫を持ってきて。
結界のそばが完全に安全とは言い切れないけれど、綾波、できる?
綾波にしか頼めないの。」
あれを見て行きたいと思える人はほぼいない。
でも、厳しく育てられて責任感のある能力科の綾波なら。
「わかった」
綾波が走っていくのを見届けて、外の様子を見る。
式神がどのくらいでたどり着くのかわからない。
早良が着くのはいつになるだろう。
「汐凪!」
また人が来た。今度はまなだ。
「どうかしましたか?」
「学園内の被害がわかったわ。
負傷者五名。二名が悪霊関係で、三名が混乱によるものよ。保健室で対処可能なのが三名。二名は緊急性は高くない、命には関わらないけれど病院での手当が推奨されるわ。
建物は、西塔の損壊のみよ。」
負傷者増えてる…
「学園内の様子は?」
「生徒会副会長の声掛けで建物からは能力科三年以下の人は原則出られない。
四年の人も、事情がない限りでないことになっているわ。
騒がしいけれど、問題はない程度よ。
わたくしは出る必要があるもの。
この学園のみんなのためなら、命だって張れるわ。」
すごい覚悟だ。あとでじっくり話さないと。
まながこんなに話すことなかったな。初めの時ぐらいか。
「一般的に、人が饒舌になるのは死の間際」
いけない、こんな想像してちゃ、引っ張られる。
「汐凪、これでいい?」
綾波が持ってきたのは板に載せた瓦礫の山。
「十分」
全てを浮かべて、少しづつ悪霊に投げつける。
人がいないって楽!
加減する必要がないから、思いっきりできる。
綾波は新たな瓦礫をとりに行った。
そのとき、ドオンという大きな衝撃が伝わってきた。
「いったぁ、」
見回すと、西塔のあたりにヒビが入っているのを見つけた。
「うそ…」
大きな影だ。こんなやつがいたなんて。
あっちは、確か、綾波が……
「綾波っ!」
二度目の衝撃に耐えられるかどうか……
無事でいて。
「綾波!綾波!」
衝撃の余韻が残っている。大きなヒビに手を当てて修復する。
応急処置に過ぎない。本当は張り直すべきなのだ。
ここまで展開を維持してしまったから、二度目は張れない。
「汐凪、こっち」
声の方に向かうと、埋もれる形で綾波がいた。
「無事?」
「まあ。ここにいていいの?」
きっと最優秀としては、執政官としても失格だ。
でも、人として。
「綾波を放ってはおけない。」
綾波と帰ろうとした時、再びの衝撃で大穴が開いた。
「っっ、」
流石に避けられない。対処するにも綾波を危険に晒してしまう。はりなおすよゆうはない。
咄嗟に綾波を庇う形でしゃがみ込んだ。
「綾波…」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
手が伸びてくる。もう、範囲指定なしの命令しか……
綾波を抱きしめて、目を閉じて口を開いた時、
「汐凪!」
ドオンという音と共に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「早良…!」
目の前の悪霊が消える。
周りには息を切らせた早良がたくさんいる。
「え、複数人?同一人物?」
綾波の混乱が新鮮。仮にも能力科でしょう…
「分身能力。
早良がいたら本当に百人力。」
「結界が…」
綾波は上を向いて指摘してきた。
「もう大丈夫。」
上から、馴れ馴れしい式神が飛んでくる。
たくさんの悪霊を蹴散らしながら。
「陰陽が来たから」
次々と悪霊が倒されて、人が出てくる。
「久しぶりだな、早良、汐凪、綾波。」
優雨。ボスっぽい風体でこちらに近づいてきた。
「三人とも来るといい。今から生徒会と学園長に説明するぞ」
慌てて三人で優雨の後につづいて学園に入る。




