氷舞宮
「生徒会に入ることをみとめます」
生徒会に学園祭での働きを認められ、加入を許可された。
ただ、三立さんは入らなかった。
「分不相応。生徒会は最優秀になるべき人という自負があるか、身分が高い人でないと。
両方持っていない私がなるべきではないわ」
「さや、いいの?」
さやはそう言って笑っていた。
「さやは、最優秀になりたくないの?」
「そうと言い切るには語弊があるけれど、なにがなんでもなりたいというわけではない。
やれと言われたらやるけれど、他の人がなるならそれで構わない。」
ごへいってなんだろう。
「どうしてそんなに野心がないの?」
さやは平民出身だと聞いた。お嬢様校の特待生になっているから、もっと上を目指すと思うのだけれど。
「この学校にいるのは、学費寮費全額支給してくれるところが他になかったから。
そんな、大半の人からどうでもいいと言われるような理由でここにいるの。
私が最優秀になっては、もっと立場が悪くなる。」
金銭に困っているのかな。でも、それにしては動きが綺麗。
今まで見てきた人は、恵まれた賢い人ほど綺麗な動きをする。
逆に余裕がない人はそれが動きにも現れて焦るような、それでいて無駄の多い動きをする傾向にある。
学費の心配をしなくてはならないほど余裕がない家ならもっと余裕のない動きをする。
「本当に?」
さやは頷いただけだった。
生徒会は土日祝日と学園の休業日、そして火曜日以外に活動している。
もっとも、休みの日でも月末だったり行事前だったりで仕事が立て込んでいる時は活動がある。
「生徒会はわたくし副会長の二品内親王氷舞宮と、庶務の菊間、三井の三人。これで全て」
思っていた以上に少ないのだな。
てっきり五人ほどいるのかと思っていた。
「あなたたちはそれぞれ二人組で活動してもらうわ。汐凪、こちらへ」
氷舞宮が指名したのは美珠ではなく私。
「良いの?美珠」
「氷舞宮の決められたことだから」
うーん、この主従、いろいろ考えるべきことがありそう。
「さあ、仕事を始めて」
この日は文化祭の集計が主だった。
文化祭では出店の利益の二割、劇の入場料は四割を学園に納める決まりだ。
少々多い気がするが、文化祭にかかる費用は費用は学園が出すことを考えるとまあ妥当と言えなくもない。
劇の入場料は事前の人気投票とかかった費用から十分に利益が出るように考えて学園が決める。
そして、学園というのはすべて生徒会を意味する。
「毎年毎年飽きもせず売り上げを誤魔化すところがあってね。そういうところは文化祭実行委員会が取り締まっている」
と菊間さんが教えてくれた。
菊間さんは、取り立てて言うところのない平凡な顔立ちで、記憶に残りずらい。
「生徒会は主に金銭関係と擦り合わせが主な業務。」
三井さんはツインテールに眼鏡で覚えやすい。
その日は5時ごろに業務が終わった。
「汐凪、少し残って」
氷舞宮に言われたので大人しく生徒会室に残る。
氷舞宮は、威厳があって少し怖い。
霊姫とも霧氷とも、他の神々ともまた別種の、恐ろしいまでの威厳。
「汐凪、あなた八谷神宮の巫女といったね?」
「はい。」
何言われるのか全くわからない。怖い……
「お姉様はお元気?」
「斎宮のことでしょうか。お元気ですよ」
これはまさか……
「そう。よかった。お姉様に何かあったらわたくしがいたたまれないもの」
「斎宮のこと、お慕いしているのですね」
氷舞宮はこくりとうなずいた。
思わず笑いがこぼれてしまう。
異母だからと、片方が斎宮であまり会えないからといって仲が悪いとは限らない。
「斎宮は、どのようなお方なのですか?私は巫女になってすぐにこちらに来てしまったので、あまり交流がないのです。
お優しい、聡明な方というのは知っておりますけれど」
氷舞宮は笑顔で語り出した。
ーーーー氷舞ーーーーーーーーー
わたくしは、二品内親王氷舞宮。
氷舞、というのは雪や氷が舞い散る様子を現す。
それがきれいだとおしえてくれたのは、お姉様だった。
わたくしは、今上帝の第二皇女として生を受けた。
母上には長年子供ができず、退出させられる寸前での懐妊の判明だったのでとても喜ばれたのだと、乳母であり美珠の母である美茉が言っていた。
母上は一般には雛壺女御と称されている。先先代の帝の孫でもある。
子供はわたくしひとり。
母親は仕事で忙しく、東宮はそもそも異母である上に年が離れていて、当然父である帝にかまってはもらえなかった。
女御腹の内親王としては至極当然のことでしょう。
いい加減大きくなったからと引き合わされたのが、斎宮だった。
「はじめまして。わたしはないしんのうしずみ。あなたの姉です」
幼いながらも美しい所作。厳しく躾けられたのであろう言葉遣い。
全てが、目指すべき内親王だった。
「わたくしは、ひまいのみや。よろしく、お姉様」
それがわたくしとお姉様の出会いだった。
お姉様について行儀作法や勉強を頑張って、二月する頃にはいつも一緒に過ごしていた。
「皇女さまがたは本当に仲がおよろしいのですね。」
「まるで本当の姉妹のよう」
女房たちにはそう言われていた。
わたくしはそれが嬉しかった。
「氷舞はいいな。お母様がいて。」
「しずみはいいな。兄妹がいて」
いつもいつも一緒だった。
内親王として独身で、四品ぐらいになるのだろうなと思っていた。
お姉様と違って正室である皇后腹ではなく目立った特技のないわたくしは埋もれるばかりだと思っていた。
「内親王しずみを、斎宮とする。」
先代の斎宮がなくなり、急遽新たな斎宮が選ばれることになっていた。
でも、まだ十にもなっていないわたくしたちに回ってくるとは思ってもいなかった。
斎宮は幼い頃になることがあるのを知っていたのに、どこかで大丈夫だと思っていた。
「お姉様!」
「氷舞宮…」
お姉様は斎宮としての衣装に身を包み、これから野宮にて潔斎に入る。
「しずみ…」
「もうしずみではないわ。魅夜。」
お姉様は斎宮になるにあたって、宮名を封印された。
宮を現す名前で、巫女になる。
もう、会えなくなる。
「泣かないの。それに、4、5年もしたら北寺学園で会えるわ。それまでのお別れよ。
元気でね」
それが、わたくしとお姉様の一番新しい会話。
それまでに内親王に相応しい振る舞いになるために必死になって勉強した。
「氷舞、顔を上げろ。我らは親子なのだ。そうかたくなる必要はない。」
三年ぶりに帝に呼ばれたのを、警戒しない人はいないでしょう。
「最近頑張っているようだな。祝子が話していたぞ」
祝子皇后にはあまりお会いしたことがないのに、褒められている。
何か裏があるのだろうか。
「流石に内親王として活動する人物がいないのは困る。そこでだ。
氷舞よ、祝子の養女にならないか?三品を約束しよう」
三品は、皇后腹の内親王に贈られる称号だ。側室ならせいぜい四品。
「それは、斎宮の代わりですか?」
「ああ。」
お姉様がいなくなった席に座るということがどういうことかわからないほど愚かでない。
「…わかりました」
そうして養子になり、わたくしはのちに二品に格上げされる。
お姉様がお役目を解かれた時に、戻る場所を作るためにわたくしは抵抗しなかった。
帝は、やるべきことをやるばかりで、何も考えてはいない。
祝子皇后は子供ではなく親戚の出世のことしか考えてはいない。
その権威を信仰と結びつけるためにお姉様は巫女になった。
お姉様はそんなふうに扱われていい存在ではない。
優しく、美しいお姉様はもっと自由に活躍してもらわないと。
北寺学園にお姉様と再会するために入ったのにお姉様はほとんどいなかった。
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あんなに尽くしている美珠は氷舞宮の眼中にない…ちょっとかなしいことです。




