冬休み
「早良ー!」
「その服では手を振らない。忘れられましたか?」
早良は厳しいなあ。
「久しぶり。少し報告したいことがあるから、いい?」
流石に報告はしないとね。早良だし。
「どうぞ。神宮が休みだから」
「準備は?」
年末年始の神事のための休み…つまりは神事の用意の仕事があるはずなのに。
「明日からは沢山あるけれど、今日はない。二組に分かれている」
ああ、確か連勤はしきたりでできないのだよね。
「で、どうした」
「綾波、和歌の家系の2つで適性があれば受け入れて貰えることになった。」
これでだいぶ行けたのではないだろうか。
「こっちも、宮司や神官として受け入れてもらえることになった。頑張ったね」
「えへへ」
やはり早良が安心する。優雨は母のように心配してくれるが、私にとってはまだまだ子供。頼るとか、甘えるとかはできない。
早良は私より一応年上で、いつもそばにいてくれた。
「私、早良に味方でいてもらうためなら、きっと何だって厭わないよ」
いきなり、脈絡もなく宣言すると、やっぱり驚かれた。
「汐凪…なら、どうして祐をああしたの?」
人形のことか。
「理由は、特にないかな。目の前に死にそうな人がいたから。」
けれど早良は私の本質を知っている。
「あなたは執政官。そんなことするわけない」
そう、祐は理の外の、異質な存在。それを作ったのは私だ。
「好きだった?」
「違う。」
ねえ早良、私はあなたが好きなの。かけがえのないほど愛しているの。なのに、どうしてわかってくれないの。
「早良…」
「触らないで」
伸ばした手は払いのけられて、触れた手は暖かかったのに。
早良はその日、夜遅くまで部屋に帰ってこなかった。帰ってきても、何も喋らなかった。
「汐凪、久しぶり。」
「…霧氷?!どうしてここに」
境内の見回りをしていると、霧氷に声をかけられた。
「お久しぶりね。元気でしたか?」
「ええ。汐凪もお変わりないようで。」
にっこりとわらう霧氷は神界にいた時よりも威厳がある気がする。
「なぜこちらに?」
霧氷は来るが必要ないはずなのに。
「向こうの混乱でこちらにまで手が回らないのです。ですから、私が説明に出向いて参りました。」
わざわざ霧氷が出て来るぐらいまで混乱しているのか。…どのくらいか想像がつかない。
「説明をしたいので、早良を呼んでこれる?そもそも今抜けられる?」
慌てて確認するときにショートカットが揺れて愛らしい。
「今から昼休憩なので、40分ほどなら」
十分という霧氷の鶴の一声で霧氷を呼びに行った。
「早良、霧氷が来ている」
「わかりました。」
霧氷と共に矢口の部屋に入って、三角形になって座る。
「荘園からの連絡が、大遠野国寒国の崩壊以来途絶えています」
ああ、あれか。私に転送されていないわけではなく、本当に来ていないのか。
「こっちに報告は上がっています。ですがまあ…今の状況は知りたいですか?」
二人で同時に頷く。知ると知らないは大違い。知らないでは済まされないから。
「まず、大遠野国は寒国がなくなったであっています。
地震により鬱憤の溜まった豪族が反乱を起こし、火の巫女が国ごとなくして解決させました。
3割ほどの家屋が地震により倒れ、交易も途絶えがちになり餓死者、凍死者がでています。」
はじめ、ということはこれが一番ましなのか。
「移儚夜は家屋の5割が倒壊。修復が間に合っていない。
民間の支援には限界があり、死者数が異様に多い。
こういう時に限って井戸に毒を入れる人も火をつける人もおり、安全地帯はないと言ってもいい。」
結、そんなところの臨時巫女に…大丈夫なのだろうか。
霧氷はお茶を半分まで飲み干して、新しいお茶を注いだ。
「執政界は最低限の生活に必要な物資の配布を泊が、巫女への指示を清が、死者の対応を江が、要求の吸い上げや被害の確認を沃が。ここは、その時々で変化します。」
江もきちんとやっているのか。よかった。
「神界では人員が減り、今ではいくつかの付喪神と領主、その他数名程度しか存在していません。」
まさか、神界にも影響があったとは。
「神界も減るのですか。」
「むしろ、一番被害が出るのは神界かもしれません」
…どういうこと?
「荘園の崩壊はすなわち神の限界。荘園を維持できないほど権威が弱まっているということなのです」
この子は、幼いけれどしっかりとした神なのだ。時々それを忘れそうになってしまうけれど。
「一度荘園に戻らせてください」
みんなを放っては置けない。執政官が、こんなところでぬくぬくしていてどうするの。
「できません。二度とこちらに戻れなくなります」
なぜ。
「戻れないとは?」
早良の質問に、霧氷は冷たく続ける。
「荘園とこちらは、往復切符しかないのです。片道で止まっても良いのですけれど、戻ると二度と行き来はできません」
え…もう二度とここには戻れないの?
「一応救済は存在するにだけれど、今するとあなたが消えるからね。そちらの報告も聞きたいから、教えて」




