番外編 早水という女性
気がついたのは、賑やかな町の中だった。
往来を人々が行き来し、商売をしている。
「どこ?」
しかも、なんだかみんなが少し昔の服を着ている気がする。
「初めまして。ここは移儚夜。あなた、外からきたのでしょう?」
誰だろう。黒っぽい橙の瞳をして、周りの人とはまた違う、けれど洗練された服を着ている。
「私は、水葉。ここは?」
「初めまして水葉。わたくしは、汐見といいます。詳しい話は、長くなると思うからついてきて」
たった十二歳の少女は大人の女の人からそう言われててけてけ無防備について行った。
「さて、まず何から話しましょうか。」
その家は比較的広々としていて、でも物がほとんどなかった。隣に大きなお屋敷がある。
「わたくしは、この世界の支配階級、執政官位汐の娘。」
どういうことだろう。
「わからないことだらけよね。とりあえずあなたの身元を確定させたいから、わたくしの侍女でいいわよね」
サクサクと話を進める人だ。姉さんとは大違い。
「これでよし。さ、続きね。あなたは、外の世界から来た。あってるわよね?」
頷く。
あの人も、似たようなことを言っていたし。
「では、執政官についてから。ごめんなさいね、ここではあまり使わない知識なのだけれど」
ぶつぶつ言いながら、この世界の常識についてどんどん教えてもらった。
世界が分かれていること、神と会えることなど。
「今まで外から来た人は聞いたことがないわ。もっと昔にはいたかもしれないけれど、ここ二百年はいないわ。」
「戻れる?」
まず聞いたのはこれ。家に、戻りたい。
…私は戻りたいのかな。戻っても、座敷牢に入れられるだけだ。
「戻りたいの?ここに来て、あなたからはさほど不満は感じないわ。
戻りたくないのなら、いつまでもここにいてもいいのよ」
汐見…さま。
「私は…ここに、いたいです」
彼女は柔らかく笑った。
「私と彼の出会いを聞いてくれるかしら?」
まず初めに聴かされたのは、この町の偉い家の人と汐見との恋愛話だった。
その頃はあまり理解できなかった。
けれど、それは彼女の生きる意味だった。
私はそのころ、彼女を徹底的にはき違えていたのだ。
「彼とともにいられるだけで、私は幸せなの」
彼女はそう、楽しそうに語っていた。
やがて時が過ぎ、私は17になった。
身長が汐見さまを超えて、正式な侍女として側につくようになった。
昔のことはもうほとんど忘れてしまった。ここでの生活が楽しいから、昔を顧みる必要がなくなった。
うれしいことに。
「もうそろそろ、いいころあいかな。私の力について、話しましょうか」
「汐見さまの、お力?」
汐見は柔らかく微笑んだ。
「私の力は繫栄能力。
仲間にした人物に、私の寿命を分け与える力。」
汐見さまの、寿命。
「私は、彼と一緒にいるために彼に寿命を渡した。それでも限界がある。私は彼とともに死にたい。
だから、あなた私から寿命を受け取って?」
「え…」
汐見さまのてがのびてくる。
「汐見様、やめ」
汐見様は止まらなかった。
「ごめんなさいね。でも私は、執政官だけれどその力がない。役にたたないのならいっそのこと……」
汐見様の母上は汐見様の姉上とともに旅をされていて、汐見様は置いていかれた。
その仲間はずれが今の自己肯定感の低さになっている。
「大丈夫ですよ、汐見様。私はここにいますから」
汐見様、”早水”は、決しておそばを離れません。たとえ、血縁者が不幸になろうとも、あなたのそばにい続けます。




