夏休み、壱
「いよいよ文月になりました。文月と言えば夏休み。みなさん、楽しんでください。これが宿題です」
いよいよ文月だ。17日からは夏休み。その間授業はない。
ただし……補講はある。昨日渡された補講の予定表では、まとまった休みは葉月からしかない。
早良にその旨を伝えるとならのんびりして来れるときに来ればいいということと、荘園からの連絡がまとめて送られてきた。
「汐凪、夏休みに浜浦の家に遊びに来ない?」
綾波がそう提案してきた。補講のない一日だけの休みならいくつかあったので、その日に行こう。
「私が行ってもいいの?ご両親とか」
「いない」
そういえば初めの方に浜浦さんはギリギリまで家のことをやっている、という旨を優雨が言っていた。
親がいるのならそこまでしなくてもいい。私の考えが足らなかった。
「そっか。楽しみ」
綾波の育ったところを見られるのか。この機会に家というのを学ぼう。
今日は部活だ。
部活は結構自由だ。
それぞれが習っていた舞踊があるのならそちらをやっても構わない。
発表会の時に出席しさえすれば、何をしてもいい。
本当に先生に教わっているのは綾波と中学から舞踊を始めた人だけで全体の半分ぐらいだ。
「はい、皆さん集まって。
ようやく発表会の詳細が来たので連絡しますね。」
回された紙を見ると、発表会は長月。会場はここ北寺学園女子部で保護者もその他いろいろな人も招く。
文化祭に先駆けたイベントの一環らしい。
舞踊部の出番は30分間。一曲が長いものが多いので結構厳しいらしい。
「まず個人で出たい人」
これには迷わず手を挙げた。最優秀のためにはきっとこういうことも必要だ。
それに、みんなと踊りの細かいところが違うから初めから一人の方がいい。
断じてやりたいからとかそういう可愛い理由ではない。
「では、浜浦さんと五木さんでいいですね。二人は個人練習に移ってください。あとで声をかけますから。」
返事をして練習をはじめる。私は外が見られる場所がお気に入りだ。
綾波はどちらかというと奥で練習していることが多い。
「五木さんはなんの曲がやりたいですか?」
「特に。指定してもらえればなんでもできますよ」
過言ではなく路銀のためにいろいろ身につけただけだ。
「浜浦さんはいま練習しているものでいいですか?」
「…胡蝶で、いいですか?」
先生は優しげに頷いた。どうしてだろう?
私はに候補の曲を聴いてくるという課題が出された。
いよいよ夏休みが始まった。これから、頑張ろう。
「お邪魔します」
「どうぞお上がりください」
綾波の家には使用人がいた。それも3人。
曰く、秘書的な人と食事係と屋敷の手入れをする人らしい。
私はこの日のために旧家の令嬢が行うという礼儀作法の本を開いて、三ページ目で眠った。
「汐凪、元孤児だと聞いていたけれど綺麗な動きだね」
綾波、知ってたでしょう。
「こういう場には慣れているの?普通、世間的には名家の屋敷に来るのは緊張するでしょう」
「慣れてると言われれば慣れてるけど、」
何せその経験は荘園でのものだし、こちらでは基礎は共通しているとはいえ独自の進化を遂げている。
「巫女になった後の教育の成果だよ」
困った時の逃げ文句。それに巫女になるにあたって所作を少し矯正されたから間違ってはいない。
「そっか。あ、どうぞ食べて」
実は目の前のお菓子がずっと気になっていた。
透明で中に魚が泳いでいる。初めて見るお菓子だ。
「これは、どういうものなの?」
「夏の定番。ゼラチンとか、寒天とかで固められているの。中に魚とか丸とかを入れて涼しく見せている。」
へー。
割って食べるとプルプルしていて美味しい。
魚の餡子と周りのつるんとしたところを合わせるとより美味しい。
「汐凪さま、若当主様の幼き頃の写真を見られますか?」
綾波の言う秘書的な人が提案してきたので迷いなく頷いた。
「ちょっと」
綾波は焦っていたけれど私はにこりと笑って綾波を見つめた。小さな頃を見てみたいし。
「では、ごゆるりと」
アルバムというやつを三冊置いて秘書的な人は去っていった。
「じゃあこれから。」
開くと小さな、生まれたての双子が出てきた。
同じ服を着て、並んで写っている。想像通りとってもかわいい。
「多分、こっちが宮子でこっちが私」
何回か補足を入れくれていたが、その必要がないほど周りにシールで指し示されている。
親の愛を一身に受けたのがアルバムからも伝わってくる。
「幼稚園に入るまでで一冊終わったね」
「写真多すぎ…」
次は幼稚園に入園した頃だった。北寺学園の幼稚園。双子はいつも一緒に過ごす。
段々違いがはっきりわかるようになってきた気がする。見慣れたではなく、成長して違いがはっきりしたような。
「ずいぶん少なくなったね」
ここから二人で映る写真が減り、一人での写真が増えてきた。
宮子はお菓子作りやあそこに遊びにいった、などの思い出が並ぶ。けれど綾波は極端に少ない。その分寝顔や横顔がある。
「このころから当主教育が始まったからだと思う」
そっか、綾波は当主だもんね。
二冊目の最後は幼稚園の卒園だった。
三冊目を開いてギョッとした。
いきなりお葬式の写真が並んでいる。
亡くなったのは、宮子。綾波は泣いていなくて顔を俯けた両親の代わりに頭を下げている。
そのあと、綾波の入学式の写真が一枚。各学年の行事の写真が一枚づつ。極端に数が減った。
そして、三ページもしないうちに卒業式の写真が二枚。
その次は、綾波の入学式。隣に立つ両親は疲れた顔をしている。
その次には、暗いくらいお屋敷。綾波がたった一人で墓の前に立っている。
両親の葬式だ。
「ごめんね、後半」
「別に、気にしないよ。私の子供時代はなかったから、見れて新鮮だった」
百年ぐらい前からほとんどこの姿だし。
十歳ごろの姿で派生して百年。
「汐凪は、時を戻したい瞬間ってる?」
「んー、そう聞くってことは綾波にはいるの?」
二人とも、それがお互いでないと知っている。だからこそ心地いい。
「宮子が死んだ時。一緒にいればよかったって思っている。死ぬのが私ならよかったのにって。」
それはきっと誰もが通る後悔の念。綾波、それに取り残されてはダメだよ。綾波は強い。だから、どうか前を向いて。
「私は、出会えたのが綾波でよかったと思っているけどね」
それが精一杯。綾波は私にとっていつか秘密を明かしたいほど大切。でもその気持ちを伝える手段を、私は持っていない。
「来てくれてありがとう。また、休み明けに」
「元気でね」
私は学校への道に向かった。不思議だな。きた時より楽しい。視線が自然と上を向く。
来るときは気が重かった。
「宮子か」
綾波の心にずっと住む。それを否定できない。彼女を追い出すことはできない。
本当は私が一番がいいのに。
「五木さん、手紙です」
寮母から渡されたのは早良からの手紙。そういえば結構長いこと返信が来ていなかったな。
「汐凪へ
そちらでは味方を作れましたか?
一人なら、明かしても構いませんと上からの通達です。
胡蝶の夢、私が分身能力を譲渡したらピッタリですね。
汐凪、考えたことはありませんか?もしかしたら、私の母は…
早良」
こちらの出身だったと?




