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人形シリーズ  作者: 古月 うい
第四部 見破られない人形 学園編

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綾波 夢境の妹

「おねえちゃん、こっちで遊ぼう」


「ごめんね、私は今からお勉強なの」


あれは5歳か6歳頃だった。


妹の宮子(みこ)はいつも遊んで気楽に育っていたし、ほかの家の人と変わらない生活を送っていた。


私は小さなころから浜浦家の跡取りとしての教育を受けてきた。だから小さなころから妹とは別行動なことが多かった。


「あなたは跡取りなの。いずれお父さまの後を継ぐのよ」


お母さまはそういった。


でも宮子を見下しているとか尊重しないかと言ったらそうではなかった。


両親は愛情を持っていて、ただ私が跡取りだったというだけ。

むしろ私の方が両親との交流が少ないほどだった。


家族4人で笑って幸せに暮らしていた。誰もかけることなく成人して、40ぐらいになったら家を継ぐのだと思っていた無邪気なあの頃。


「おねえちゃん、どうぞ」


「……なあに」


差し出してきたのはいびつな形のホカホカクッキー。


「おねえちゃん、いつもお勉強しているから、おかあさまと作ったの。どうぞ」


同い年ながら、本当にしっかりした子だった。


見た目はそれほど似ておらず、性格も宮子は明るかった。

私は鬱々としているから、それがうらやましいと思っていた。


「ありがとう」


いつもいつも気楽に過ごしていた。



でも、あの日。七歳になって二ヶ月ぐらいの時、忘れもしない、あの日。


宮子と二人でお留守番をしていて、私は家庭教師と勉強するために宮子を一人にした。


それがいけなかったのだ。


気がついた時には、宮子はどこにもいなかった。屋敷の庭にも、部屋にも、どこにも。


当然全力で捜索がされた。


何度も何度も警察に説明して、けれど何も成果は出ず二週間が経った。


()()()()()、との連絡が入った。


そう、発見されたと。


宮子は酷い有様だった。


服は裂かれ、胸に一つのナイフが深々と刺さって、赤黒い血が白い服を赤く染めていた。

目は大きく見開かれて、でももうあの宮子の瞳ではなかった。


すぐに目をおおわれたが、あの姿は目に焼き付いて離れない。


犯人は捕まらず、事件はお蔵入りとなった。


両親の悲しみは凄まじかった。そして、私に対して異様に過保護になった。

当たり前だろう。次に何も失いたくない、あんな姿の我が子を見たくないというのは当然だ。



それからしばらくして、私が北寺学園女子部に入学した頃、両親が亡くなった。


交通事故だった。きっと心労が祟ったのだろう。


だから、私は本当にひとりぼっちになってしまった。


誰も、私の元に止まらない。

それに気がついた時から、私は人と仲良くなるのが怖くなった。


目を見ると、あの宮子の目を思い出してしまう。


そんな時に、浜浦家の書物を紐解いていると、ある記述を見つけた。


「死者との対話…」


素質がなければできないと書かれていたが、試して見ないことにはわからない。


幸いなことにも家には泉があり、実行してみることにした。


「感情の写し水…現れて」


すると、宮子が現れたから。


能力があるとバレれば、能力科に入れられてしまう。それだけは嫌だった。

そうなれば宮子のことがバレる。

死者との対話は、本来なら禁忌。それがバレたら、また宮子がいなくなってしまう。


それが嫌だったから、隠した。


けれど、そういうものはバレるもので。


「君、能力持ちだろう?」


よりによって最優秀の土御門優雨にバレてしまったのだ。


「慌てるな。あたしの力だ。

隠したい事情があるのだろう。言及はしない。ただ、そのままでは暴走するぞ。」


暴走…それが何を意味するかわからないほど愚かではない。


「能力科の扉は四年まで開いている。気が向いたらくるといいさ。」


私は一人で、またしても一人で取り残された。


「宮子、どうしたらいい?」


「私は知らない。綾波が決めて。…でも、私は少しでも綾波と一緒にいたいよ。」


月がきれい。湖面に反射してチラチラ揺れている。確か、こういうのを湖月って言うのだ。


「宮子は、ここにいるの?」


「綾波がそれを望むのなら。綾波が望むのなら、なんだって全てを捧げて叶えると誓うよ」


明らかに、七歳で死んだにしてはあり得ない言動だった。


あの頃は私のことを綾波、なんて呼ばなかった。なのに、違う。


だから、私は能力科の扉を叩いた。


ここが救いだとは思わない。ただの時間稼ぎだ。


それでも、私にはその少しの時間が必要った。



「綾波、それは危険だよ

あなただって、今が悪いことだとは、わかっているはずよ」


そう指摘されたとき、何も言い返せなかった。


それは思っていたことそのままだったから。


だから、指定された日に再び泉に向かった。


「ああ、来たのか」


そこにそろっていたのは汐凪、土御門優雨、そして内親王(ないしんのう)斎宮(いつきのみや)の魅夜様。


「お待たせして申し訳ありません。」


「かしこまらなくてもいいですよ。わたくしはただの北寺学園女子部特進科特待生5年ですから」


そうは言われても困る。


「汐凪」


「はい」


土御門優雨に言われて、汐凪が泉の中央に飛ぶ。そして羽織をはためかせてくるりと回った。


外の景色が薄い膜を張ったように変わる。


「呼び出して」


汐凪に言われたので泉に円を描いて宮子を呼び出す。


汐凪は容赦なくそこに手を入れて驚くほど簡単に宮子を水鏡から引きずり出した。


「……簡単?」


「そうでもないぞ。今までにこれができた人間はいない。きっと彼女の出自に関係しているのだろうな」


汐凪の……出自。確か元孤児だけれど、大体隠したいことがあるときには孤児とされる。


「私は人間とは根本的に違うから……」


そう言いつつ汐凪は宮子を……宮子の幽霊を完全に引っ張り出した。


「名前はなんだ?」


優雨の問いに答えない。


見た目は絶対に宮子ではない。顔がただれて、舌を噛み切ったのか血が流れている。


宮子はこういう死に方をしてはいない。


「祓いましょう」


内親王魅夜様が手にした鈴を鳴らしている。


シャンシャンという音とともに、怨霊が崩れていく。


その手を握ってしまったのは、今まで心の支えになってくれていたからだ。


「綾波、覚えておくといい。

名前を聞いて名乗らないのは大体が怨霊だ。そなたの力なら……きっとすぐに見分けられるようになるさ。」


それっきり、泉にはいっていない。


「汐凪、ありがとう」


「別に。私はただ怨霊を払っただけよ」


それは、私を守ったということでしょう?


そのとき、私ははじめて能力科に転科してよかったと思えたのだ。

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