人形さがし、姉妹
一番楽しかったのは、まだ執政界にいたころだった。
そのころが一番平和で、でも妹はまだ生まれていなかった。
「汐里ちゃん、どうしたの?」
「あ、江様。お母さま見ませんでしたか?」
五人衆……このころは成人していなかった江が一人歩いていた。
江は紅い瞳を細めて笑った。
「見てないよ。あんまり走ると危ないから、お部屋に戻ったら?」
「そうします」
一応本家に連なるとはいえ、五人衆ではないので五人衆には敬語が鉄則だった。
私の部屋はお母さまの近くにある小屋だった。小屋といってもなかなかに立派だったが。
「汐里。何処に行っていたのだ」
「ごめんなさいおかあさま。」
お母さまはきれいな橙の瞳をしていたが私はくすんだ橙。しかも力が弱い。
「もうそろそろ離れるのだから、しっかり用意をしなさい」
「はい」
お母さまは厳しいけれどこの上なくやさしい。
「三日後には長に挨拶をするゆえ、服を新調するぞ。沃のもとにいけ」
「はい」
「もう出立か。早いものだな」
「いずれ戻ってまいります。」
そう挨拶をかわすお母さまとはじめてお目にかかる長をながめて出立になった。
「元気でね、汐里」
「江さまもお元気で」
江のうしろには見たことのない人がいた。
五人衆だろう。でもきっとかかわることはないのだろうな。
今までも、これからも。
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「この子が妹?」
「汐見となずけた。仲良くするのだぞ」
瞳一族は10歳前後の姿で派生する。
派生主の与えた記憶や能力が伝わるため、派生した直後でもある程度の意思の疎通は可能だ。
「はじめめして、汐見」
汐見はお母さまより薄く透き通った瞳の瞳のなかでも美しい顔をして、身の内から清々しい光を出すような子だった。
「はじめまして、おねえさま」
そう呼び掛けられるだけでかわいらしさに悶絶してしまった。
「お母さま、汐見の力は何ですか?」
「繁栄能力、簡単に言えば仲間を増やすことだ。いずれ教えねばな。今は仲良くするといい。遊んできてもよいぞ」
お母さまも穏やかに笑っていた。
「ありがとうございます。お母さま。汐見、行こう」
「うん」
そうして3人でいくつかの世界をめぐった。
汐見は大遠野国の寒国の衣装と氷菓子が気に入り、お母さまは移儚夜が気に入っていたが、執政界が落ち着くとも言っていた。
「特に気に入ることもなくただこういうところと淡々と処理できる汐里は、執政官にむいているな」
お母さまにはそう褒められたが、私は気にいるところが欲しかった。
「お姉さまの能力はなに?」
そう聞かれたら押し黙ったが、ほかのことは何でも教えた。
かわいい妹に、何でも教えたかった。
「人間の生殖ってどんなもの?」
さすがにそう聞かれたときは驚いたが、よくよく聞くと恋愛について知りたかったらしい。回りくどい言い方をするものだ。
そんなところもかわいかった。
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「汐見はひとところにとどまる必要があると思うのだ。ゆえに、汐見はひとりでここにとどまっておれ。夢見幾世に。」
お母さまがそう言いだしたのは、80年ほどしてからだった。
「今更?」
「今だからこそだ。ある程度大きくなったことだし、ひとところにとどまる経験も必要だろう。40年ほどしたら見にくるゆえ、励めよ」
そう言って、汐見は移儚夜に残された。
「お母さま、よろしいのですか?」
「ああ。深い人間関係とは、時に必要なものだ。」
なら私は、と出かけた言葉を飲み込んだ。
仕方ない。私には人形操りしかないのだから。
「お母さま、まいりましょう」
女二人旅は35年ほど続いた。
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「汐見?」
久々に汐見の屋敷を訪ねると、ひどく異様な雰囲気が漂っていた。
「ああ、お姉さまにお母さま。お久しぶりです」
弱弱しく言ってくる彼女に、以前の面影は全くと言っていいほどなかった。
痩せこけて頬の肉は落ち、病的なまでにやせた肌は異様なぐらい白かった。
側には早水がいて、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「お母さま……」
お母さまはすっと汐見の隣に座った。
そして、眠っている汐見の頬をたたいた。
何が起きたのかわからなかった。ただ、パチンといういい音が響いた。
「汐見様!」
早水が駆け寄ろうとするのを私は手で制す。お母さまが言いたいことは、十二分に理解できるから。
「何人じゃ?」
「何人、とは」
汐見は震えている。
「何人仲間にしたと聞いておるのた!ここに来るまでに36人は仲間がおったぞ。どういうことじゃ。そなた以外考えられぬではないか!」
お母さまは怒っている。
「わかりません」
「え?」
お母さまは怖い。厳しくて、でも優しい。
「もう、私の寿命はほとんど残っていないぐらい、仲間にしました」
その告白に、お母さまは青ざめた顔をした。
そしてもう一度手を振り上げる。
私はそれをつかんだ。
「お母さま。汐見を問い詰めるより、こちらに聞きませんか?」
こちらと指示したのは、おびえているもののじっとこちらをにらみつける早水だった。
「そうだな。汐見、夜またこちらにくるゆえ、待っておるがよい。」
お母さまはそう言い残して早水とともに屋敷へと入っていった。
「どこからお話したらよろしいかはわかりませんけれど」
そう前置きして早水は教えてくれた。
早水と汐見が出会ったのは約20年前。まだ5歳だった早水を汐見は仲間にした。
「汐見さまはこの町の若君に恋をなさったのです。けれど汐見様はご存じのように瞳であります」
だから、仲間を増やして寿命を縮めていった。
ただ、愛する人とともに死ぬために。
「そうして、ああなりました。大まかにはこのような流れになります。何かお聞きしたいことはございますか?」
「あなたは、汐見とどのような関係なの?」
早水は少し悩んでから、主従と答えた。
私はその答えに笑ってしまった。
「わかりました。規約に違反したため、汐見は資格はく奪だ……けれど、その前にやらなければならないことがある。早水、そなたは世代を超えて汐見に、瞳一族に仕える覚悟はあるか?」
早水は迷いなく頭を下げた。
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「お姉さま!」
汐見が走ってくる。少しは元気になっているが、油断は禁物だ。
「もう成人したのだから、あなたの方が上よ。子供はどう?」
「あと3年ぐらいかな。派生したらお姉さまにも見せてあげる。」
お母さまは汐見を強制的に成人させ、子供を派生させたのだ。
同じことを早水にもして、二人そろって今は人間でいう妊娠期間だが、瞳一族の妊娠は繭のようなものができ、そのなかに子供ができる。なので今ははた目には子どもがいると気づかれない。
「どんな子になるかしら」
瞳一族の血を濃く受け継いでくれていたらいいな。私のように劣等感にさいなまれないように。
「きっと強い子。お母さまが力を分けていたもの」
お母さまが。知らなかった。
「なら、楽しみね」
そう、平和に日々は過ぎて行っていてのだ。
「派生しましたか。」
派生した子供は汐凪と名付けられた。
汐に近い美しい橙の目をした子供だった。
「力は?」
汐見はすがるように聞いた。
「飛行、結界、能力譲渡、剥奪……ほかにもいくつかあるな。よくやった汐見。この子は瞳になれる子じゃ」
お母さまはそういって笑った。
隣では早水が少し早く派生した早良とともに汐凪と遊んでいた。
「でしたら、心残りはありません。愛する人とともに死ねるのに、何の心残りがありましょう」
汐見は笑っている。
「汐凪」
汐凪は何もわからないような、何もかも知っているような目をしていた。
「あなたに母の力を預けます。」
そうして、汐見の繫栄能力は汐凪にわたった。
「行かれるのですね」
「早水……あなたには汐凪を託します。このままでは私とともに死んでしまうから、仲間ではなくするわね」
譲渡は、力の一部を譲り渡すのでその人には力が残る。そうでない”剥奪”も汐凪にはできるらしい。
「承りました」
そうして、汐見は大勢の人を連れて死んだ。
「あなたはここを離れるのね」
「はい。汐凪さまをお育てするために」
早水は汐凪を伴って夢見幾世から離れた。
「そうそう、もうすぐ汐里も成人しなくてはな。」
そう言って、お母さまは私を成人させた。
そのあとの行方は知らない。ただ、お母さまがいなくなったのと前後して、夢見幾世では降臨と呼ばれる災厄が発生した。
移儚夜では境界を越えていた人の集団失踪が発生し、以降外部へ出ることは禁止された。
大遠野国では大厄災と言われ、能力者がきえ、混沌とした時代に入った。
それまで結界で行き来できていた夢見幾世は夢浮橋に隔たれた。
この騒動を、執政界では”新場の誕生”と呼ぶ。
私は騒動を見届けてから、移儚夜に家を構えた。