入寮
「半年前にここに来た時には、まさか汐凪が同窓生になるとは思っていなかったな」
その言葉はそっくりそのままお返しする。
私だって思っていなかった。
「荷物はもう送ってあるよな」
「そもそもほとんど持っていないので、大丈夫ですよ。それに、なかったとしても学園にはありますでしょう?」
今日、私は北寺学園女子部の寮に入る。
こっちの世界にやってきて、早半年。
内親王であり斎宮の魅夜のいらっしゃる八谷神宮の上級巫女、そして隣にいる土御門優雨に後見人をつとめてもらって、荘園のために北寺学園女子部の能力科に入学する。
「あれが北寺学園女子部。
塀の向こうが男子部。別の学校だから間違わないようにするんだよ。」
そこは、煉瓦で建てられた重厚な建物。聳え立つようで、少し威圧感がある。
「寮はこっちだ。」
案内されたのは奥から2番目の建物。一番奥の建物は食堂らしい。
「ここだ。明後日には入寮式があるから、それまでは自由に過ごせる。
あたしがここの生徒寮長だから、困ったらなんでも聞いてくれ」
ではさっそく。
「私の部屋はどこですか?」
優雨に変な顔をされた。
渡されたプレートには305と書かれていた。
プレートを学校にいる間は寮の下のところに入れる。赤が不在、白が在室。
二人部屋の同室の人はまだきていないようだ。
入ると結構広かった。
共用スペースは椅子とか机とか台所。トイレも風呂もある。
個人の部屋は六畳と少しぐらいの広さ。
机と本棚が置かれている。クローゼットの中を見ると色々ダンボールが入っている。
部屋の隅にもいくつか。
ダンボールの名前から手前の部屋だとわかって持ってきた荷物を下ろす。
肩が痛い。
入寮に際して渡された資料は簡潔だった。
かかる費用、最低限のしきたり、避難経路。
特待生は学費寮費全額免除で小遣いが出るので好きに使えるらしいと聞いたのはつい昨日だ。
私がお金は返すと言ったら魅夜に教えられた。
早くも帰りたくなってしまったのであわてて荷解きにかかる。
勉強道具を本棚に、服をクローゼットに入れると、意外とあっけなく終わってしまった。
持ってきたリュックから貴重品を取り分けようとすると、変な箱にあたった。
「なにこれ」
リボンをかけられた白い箱が二つ。全く見覚えがない。
とりあえず開けてみると、ペンだった。
『汐凪へ
拝啓
もう学校にはつきましたか?
これは万年筆というものらしいです。美佳に教えてもらって、汐凪への合格祝いにと買いました。
インクを詰めて使うそうです。
学校生活頑張ってください。
敬具
早良』
短い手紙。それでも、私にとっては早良とのかすかなつながり。
万年筆は柔らかな青色にいくつか黄色を垂らしたような模様だった。
私の好きな色と、早良の目の色。
インクは鮮やかな橙と青みの黒。
それだけで、家に帰りたくなる。慣れない手紙を書いてくれた早良。選んでくれて、こっそり入れるところを想像したら笑みが溢れる。
「優雨、何をして過ごせばいいですか?」
「あのな、あたしだって暇ではないのだ。いちいちそう頼ってくるな」
「でも頼るようにおっしゃったのは優雨です」
食い下がると優雨が折れてくれた。
「全く。入学直後から遅れないように授業の予習をしておくとか、学校を探検して配置を覚えるとかあるだろう」
あ、そっか。
「結界を張るのには中心が必要ですしね。ありがとうございます。」
早速学校の探検に出かける。
「図書館、音楽室、中庭、」
色々巡るのは楽しい。中庭が中心のようだ。これで結界を張れる。
図書館の利用は始業式の一週間後から。
覗いてみたが人が多い。きっと春休みでも真面目な人たちだろう。もしくは寮の先輩か。
「新入生の皆、歓迎する。あたしは北寺学園女子部の最優秀で五年生の土御門優雨だ。」
ずいぶん偉そうな歓迎の挨拶のあと、諸ルールを聞かされる。
ゴミ捨てとか、生活リズムとか、外出規則とか。
ゴミ捨ては週二回回収が来るが、いつでも各階にあるゴミステーションに出せばいいらしい。
生活リズムは貼られているのでそちらを参照。
外出は基本禁止。ただし前日までに申請があれば許可される。外泊も同じ基準。
それより私が気になるのは、同室の人がまだ来ていないということ。
大丈夫なのかな。新入生と同じ部屋なのは上級生らしいけど、いないのよね。
とりあえず歓迎会で一人づつ自己紹介をすることになった。
「名前と学科、一年以外は学年を言って行こう。じゃあ、はいどうぞ」
いきなり振られた一年生がおろおろしている。
「五木汐凪。能力科と特進科。3年。」
五木は、早良と考えた名字だ。
斎宮にいるから、五木ということらしい。
書類上は土御門だが、まあそこはどうとでも言い訳がきく。
周りの人がシンとなったが気にしない。だってこれ以外自己紹介の仕様がない。
隣の人に順番を丸投げして目の前のお茶を飲む。こっちの飲み物はどうも合わない。




