斎宮
「よく集まってくれました。巫女よ」
天上大御神が集めたのは巫女と執政官の一部。
大遠野国の火の巫女冬火、光の巫女朝日、水の巫女露華。
執政界からは結、結に連れられて佑。私、早良、執政界の巫女の清。
周りには千姫、霊姫、蛍姫、雪姫、狐姫がいる。
烏姫はいない。
荘園に関係のある人のおばあさま以外全員といった感じだ。となると、崩壊に関連することなのかな。
「皆には伝えたいことがあるのだ。すでに知っている者が大半だとは思うが、この荘園は崩壊する。
この世界は、神の荘園なのだ。大遠野国、移儚夜、夢見幾世、執政界の四つで作られた。
それが崩壊する。もう近い。大遠野国では地震が増えただろう?それは崩壊が近いせいだ。
皆には被害を抑えてもらいたい。外に出た後の生活は保証してやるが、出るときに全てが揃っているとは限らないのだ。
危険なのは、荘園から出る時だ。
そなたら巫女の手腕にかかっておる。頼む。わたくしたちではどうしても手が回らないのだ。」
信仰神に頭を下げられて否があるはずもない。
巫女達は混乱していたがあっさりと受け入れていた。やはりそれができるから巫女なのだろう。
基本は自国か隣国で解決すること、困った時は清を頼ること。
大遠野国は冬火、朝日、露華が見ること、移儚夜は結兄妹が見ることが決まった。
指示系統としては横を重視しつつ、上は清、神界の順だ。
ぼうっとながめていると、霊姫が側にやってきた。
「汐凪と早良はひと足先に外に出てもらいたい。
巫女の近くに落とすゆえ、荘園の人たちの安全を保証してもらえ。」
そう言ってきた。
出張か。外はどんなところなのだろう。少し楽しみかもしれない。
「外の巫女はどのような人なのですか?」
「外の職業としての巫女をまとめ、催事を取り仕切っておる。」
強い人なのかな。
「承知いたしました。みなに挨拶をしてきても?」
「構わない」
流石に挨拶は必要。挨拶は大切だしね。何より久々にみんなに会えて嬉しい。
今のうちに話しておきたい。
「冬火、頑張って。」
冬火はにこりと笑った。巫女の中で一番安心感があるかもしれない。
「この世界が荘園だと、知っていたの?」
「ええ……なんとなくは。衝撃ですけれどね。
朝日も露華も、大丈夫です。どうぞ憂いなきように。」
後ろと隣にいる朝日と露華もうなずいている。頼りになる巫女たちだ。
「清、しばらく執政界をお願いします」
「それが役目だから。あとは頼むね」
ほんの少しかんざしに触れて、手が離れる。それは前とは違う慈しみに溢れた触り方。
「結、いい子にしてるのよ」
「わたしはもう結構歳をとっているのですよ。汐凪といっしょにいられるのは、先になりそうですね。」
確かにほとんど一緒にいない気がする。早良がいつもいるからかな?
「霊姫。」
霊姫に向き直ると、にこりと微笑まれた。
「執政官汐凪、早良よ。外の世界にて荘園のために動きなさい。
期限は三年。成果を期待していますよ」
霊姫が手をかざしたとき、視界の端に白黒の何かをとらえた。
「お待ちください」
その声とともに何もない空間から現れたのは霧氷。
とても久しぶりにあった気がする。
「霧氷さま、なぜこちらに」
「汐凪、あなたにわたくしの背負うべき重荷を背負わせてしまって大変申し訳なく思っています。
せめてものお詫びに、わたくしの力である夢境を譲渡いたしましょう」
え……?神が、自らの能力を差し出すと?
「霧氷様、夢見神であられられるあなた様が夢境を差し出すなど……」
隣から霊姫が必死になって止めている。霧氷、夢見神でもあったのか。
「黙りなさい。これはわたくしの望んだこと。そこにあなたの意志が入る隙はありません。」
たった一言で霊姫を退けて、私に夢境を渡してくれた。
改めて、下界へ向かう。
周りが光る。ふわふわして、暖かい。
隣の早良の手をギュと握って目を瞑った。
ざわざわ
「この子誰?」「いきなり出てきた!」「何この服」「目、金色だよ!」
周りがやけに騒がしい。目を開けると、学校のようだった。みんなが同じ姿をしている。
怖い。人がたくさんで、こちらを見ていて、怖い。
騒がしい。黙って。いやだ。うるさい。
「汐凪」
早良の言葉にハッとした。嫌な汗が頬を流れる。
しかしどうしたものか。この状況を打破したいのは山々なのだけれど、ここがどこかも常識もわからないから下手に動くことはできない。
そこに、誰かの声が響いた。
「退きなさい」
よく通る声。りんとしたきれいな声だ。
その声に、人は道を開ける。誰かが囁いた。
「斎宮様だ」
斎宮?人の分け目からやってきたのは黒髪の美しい人。服が他の人と違う。
「わたくしがいる時でよかった。さあ、おいでなさい」
その人に手を引かれるまま歩く。ひたすらに歩く。
握られた手は細くて冷たい。
道が土ではない……!
馬車も走っていないし、なんだかすごいな。これが外なのか。
途中でいくつもの乗り物に乗った。早良はいちいち驚いていた。
私は始めで驚きを使い切ったのでもうあまり驚かなかった。
「ここよ」
そこは、広い広い森の中に家がいくつも建ったようなところだった。変なところ。
「斎宮、おかえりなさいませ…そちらの方は?」
出てきたのは緋の袴に白の衣を身につけた人。清潔感あふれるいでだちだ。
「学園に現れた…おそらく荘園の者だ。世話をしてやってくれ」
斎宮はそういって一際大きな屋敷に入って行った。
私たちは玉英と名乗ったその女性に連れられて風呂に入れられ、ゆったりとした着物を着せられた。羽衣は死守した。
「改めて自己紹介をいたします。斎宮、魅夜と申します。一応学生の身分でして、白寺学園の高等科巫女課程二年です」
「天上大御神荘園、執政界の執政官の汐凪といいます。こちらは早良です。保護していただきありがとう存じます」
斎宮、魅夜は今はスカートではなく着物を着ている。
「わたくしは前々から荘園のものが来るとわかっておりました。
この間神託を受け取った時もそろそろ来るとのことだったので、お待ちしておりました。
この世にはどのような要件で?」
私は魅夜と玉英に事情を説明した。荘園の崩壊、任務のこと、最近の執政界の荒廃も。
隠してもいいことはない。けれど選びつつ慎重に。
「そういうことですか。協力しましょう。」
「ありがとうございます」
よかった、第一関門突破。
「そのために、あなたがたにはこの八谷神宮の巫女になってもらいます」
…どういうこと?




