人形さがし、再会
ーーーーーーーーーー早良ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あの頃ぐらいだ。
結としっかり話していたのは。
誰にだってあるだろう。一回ぽんぽん話せたのに次から話せないということが。
あの時以降、少しは結との関係も変わった。
それがいいことだったのか悪いことだったのかは今もわからないが。
「早良!汐凪がいないです。」
あの頃ぐらいから、結はですますで話すようになっていた。
確かあれは、小鳥の囀りをようやく聞けるようになったぐらいの初春のこと。
「汐凪が?祐は?」
結ははっとしてしばらく考えてから首を横に振った。
「そう……どうする?ここで待つ?ここなら人里離れているからある程度長居してても大丈夫だよ。私たちの方が少し年上だし」
見た目だけで言えば、結が一番年上だ。
「どうしてそんなに冷静なのですか?」
「んー、汐凪を信じてるから。汐凪なら変なことはしないだろうし、佑も連れているし。本家だから。」
私たちが心配しているより、汐凪は強い。あの見た目で、あり得ないほど強いし、慢心せず鍛錬するような子だ。
昔からそうだったな。
「あの、本家って何ですか?」
ああそうか、結には言ってなかったか。
「じゃあこれから教えてあげようか。どうせ時間はたくさんあるし。汐凪が帰ってくるまで、教えられることは教えるね」
仲間だからと付け加えると結は口をもごもごさせた。嬉しいのだろう。
「さて、本家だっけ?」
目の前には移儚夜らしく自動で淹れる紅茶の機械があり、それを使って淹れた紅茶を飲んでいる。
「はい。」
「えっと、まず執政界とかは覚えてる?」
結は迷いなく頷いた。行ったことはなくとも概念はすっかり理解してしまっているところを見るに、相当にこの子は優秀だ。
「そこに住んでいるのが瞳一族。当然、順位があるの。単純よ。長生きの方が偉い」
結は髪を二つに分けてお団子にしようと苦戦している。聞いていないのかと怒る人もいそうだが、いつものことだしこの方が覚えているらしい。
「一番長生きなのが、長。そこから派生した人々が五人衆。長の直系を、私たちは本家と呼んでいるの。」
「派生とは何ですか?」
そこからかー。二杯目の紅茶を淹れながら考える。
「普通って言うと語弊があるけど、大体生き物が増えるには雄雌の二体が必要でしょう?」
そう、大体の生き物は。一つについていたり区別がなかったりするが、二体必要。
「でも、瞳一族は単体で派生するらしいの。私も見たことはないけれどね。私たちは仲間にしてもらった立場だから、ちょっと違うの。」
執政界にそもそも行ったことがないのだから、当たり前だけど派生を見たことも五人衆を見たこともない。
「五人衆とは?」
「長の、いわば娘たち。五人いるのが目標らしいのだけれど、汐凪のおばあさまである汐様が出執政界をた時には四人だったらしいわよ」
なぜ五人衆なのか謎である。
「他に本家に関係することで聞きたいことはある?」
「一つあるけど、これは明日聞きます。いっぺんに聞くとなくなりそうだから。」
それもそうねと笑った。
穏やかな日々の始まりだった。
ーーーーーーーーーーー汐凪ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「こんにちは、おばさま」
「誰だ?」
おばさまは寂れた小谷に一人住んでいる。
いつ見ても木で溢れかえっている。まあそうでないといけないのか。この人は…
「汐凪か?!大きくなったなー」
「痛いです、おばさま」
おばさまは橙色がかった瞳を細めて笑いながら頬をつねってきた。
「おばさまではなく人形作家の汐里さまと呼べと何度言ったらわかるんだ」
佑の人形を作った人形作家であり私のおば、汐里だ。
「驚いた。どうしてまたここにきたんだ?」
おばさま…汐里はタバコをかっこいいからと煙管でふかしながら聞いてきた。
「汐里煙い。この子だよ。佑、この人は大丈夫だから動いて。」
人形を床に下ろすと、恐る恐る佑歩いた。
「ああ!そういえば渡したな。使ったのか。」
だからおばさま、煙い。
佑はいきなり覗き込まれておろおろしている。
「汐里、ちゃんと説明してあげて。私佑に何も話してないから」
汐里は祐を抱え上げて目線を合わせた.
「あなたの体を作った汐里、汐凪のおばだ。まあ、しばらくはよろしくな」
「瞳のしばらくって大体信用されないから明確に単位つけて」
汐里は笑って祐をそっと床に下ろす。
「大体年齢はそう変わらんだろ。おばとかやめろ。年寄りになる」
「今さら何を言うの。」
汐里はこの時代には珍しく、着物を着ている。
この形は、夢見幾世の上流階級に似ている。
「これは、おばあさまの?」
「おばあさまも言ってはだめだよ…汐のものだよ。もらったんだ。夢浮橋を作る直前に。」
私の服は、どちらかと言うと大遠野国に似ているが、一部こちらの服が混ざっている。
「汐凪、ここで何をするんだ?」
祐が袖をつかんでくる。そういえば言ってなかったか。
「祐が消えないように施してもらうの。あと、手入れとかふるまい方とか。」
このままでいても怪しまれるだけだ。
祐が生きて行けるようにしなくては。
私がいつまでも守れるとは限らないのだから。
私に母の記憶はない。
育ての親であり早良の母である早水から聞いた話によると、儚い容姿だが地に足がついた人だったらしい。
けれど、母は仲間を増やしすぎた。好きな人と共にあるというただそれだけのために。
「では、これからしばらくここで過ごすのだね」
「しばらくがおばさま基準にならないでね」
瞳一族の中でも時間感覚がバグった人、だと母から聞いたと早水が言っていた。
実際に会うのは二回目だ。
「おばさまと呼ばない。これ、何度続ける?そろそろ操るよ?」
私の顔が引き攣る。
おばさま能力はわからないが、少なくとも祐のような人を作ることはできる。
「その間に色々教えてあげるよ。みたところ、汐凪もうそろそろ成人してもおかしくない頃合いだからね」
成人…なんだっけ。
「よろしく。」
佑もぎこちなく手を動かして汐里と握手をした。
「もうこの子かわいいな!ちょっと見た目をいじっても構わないか?」
「中身男の子なの忘れないでね」
「な、汐凪」
そんなわけで、佑は汐里に連れ去られた。
改めて工房の中を眺めると、人の気配はあるのに整頓され、使用感がないのに綺麗に掃除されていた。
いくつかの人形が雑多に積まれ、頭や体などのパーツも複数置いてある。
「汐里ー、飲み物ちょうだい」
奥に声をかけると、茶運び人形の大きなものが飲み物を乗せてやってきた。
「はいありがとう」
ここでの家事は全て人形が行なっている。
少し怖い。
「できたよ」
しばらくしてやってきたのは、少し髪が伸びて肘ぐらいの長さになり、服が豪奢なものから大きな牡丹をいくつかあしらって帯が蘇芳色になった佑だった。
「さすが!」
可愛いというより、洗練されている。
やはり汐里はプロだ。
「さて、何を知りたい?と言っても執政界にいたのはほんの三十年ほどだからそんなに覚えてないぞ?」
佑は慣れない髪の毛と振袖に苦戦しながら舞を頑張っていた。
動きのリハビリに良いのだとか。
「じゃあ、執政界に入れないのだけれど、どうしてかわかる?」
汐里は眉を寄せた。
「入れない?結界でもか。」
私は頷く。
普通なら、結界を張ることで他の世界に転移可能だ。なのに執政界はそれができない。
「わからない。成人していないからかもしれないな」
成人か…まだなのだよな。
「一応私って正式には瞳一族ではないのよね。」
成人して初めて位があたえられ、仲間入りだ。
「どんなところなの?」
「つまらない」
佑は裾を踏んでこけた。
「屋敷しかないぞ。しかも歴史が長いから混沌としている。五人衆だからと長に恩があるとは限らないからな」
人払いは続いていて、ここには誰も来ない。
ーーーーーーー早良ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「早良と汐凪ってどういう関係なのですか?」
今日はそんな質問だった。昨日のメーカーで作れる応用編のハーブティーにチャレンジして、今はハーブを袋に詰めている。
「んー、本当に汐凪が生まれた時からの付き合いだね。私の方が少し年上だけど。」
やはりタイムよりローズの方がいいかもしれない。
匂いをかいでハーブを追加する。
「見えないです」
「だろうね」
振る舞い自体は私の方が落ち着いていても、汐凪のほうが貫禄がある。本家だからだろうか。
「私の母、早水というのだけれどね。母は汐凪の母である汐見に仕えていたの」
母の顔が浮かぶ。私より汐凪の母親らしかった母。
「汐見には、夫がいたの。人間のね」
寿命差がとてつもない。
「それは…いいのですか?」
「恋をすること自体は自由よ。結もしていいのよ?」
そういうお年頃、らしい。
寿命が短いのに、残り半分になるまで生殖できない法律があるなんて、この世界は滅びたいのだろうか?
できたハーブティーの茶葉をセットする。
「私はいいです。佑があれば。」
いれば、ではなくあれば、という。そうしてしまったのは私たちだ。
「ここからは汐凪の母の話よ。
汐見は夫と共に死にたいと考えたの。
だからまず力を使って夫の寿命を伸ばした。そのあと、次々仲間を増やして寿命を与えて、人と同じぐらいの寿命しか残らないぐらい与えていった。
ここでの人の寿命は、八十年前後のことよ。」
世界によって倍も寿命が違う。ややこしい限りだ。
「駄目でしょう」
「ええもちろん。五人衆であり汐見の母、汐凪の祖母である汐は大激怒。
汐見を無理やり成人させて、派生させて、そうして生まれたのが汐凪。」
愛なんてない、無理やり生まれてきた子供。それが汐凪だ。
ハーブティーができた。
「汐見は死ぬとわかっていたから、ありったけの知識を使用人であった早水に託して、残っていた寿命を全て早水に渡した。それこそ、与えた人から奪い取って。
そして、子供がかわいそうだからと派生させたのが、私。
生まれた順番は、強いほど派生に時間がかかるからその関係だと思って。」
だから、私たちは普通の仲間より濃密。
それでも私は本家ではないけれど。
「そういうことー。あ、このハーブティー結構おしいしね」
おいしい、ではなくおしい、か。もうちょっと修行しないとな。
「今日はどこに行くの?」
「学校。汐凪が帰ってくるまで時間があるでしょう?年単位。それなら、資格とりたくて。」
結はわらう。
その笑顔がいつまでもあればいい。そう願う。
でなければ、私たちは動けなくなってしまうだろうから。
ーーーーーーーーー汐凪ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねえ汐里。お母様について教えて。」
私の申し出に、汐里は大して驚いた顔はしなかった。
「質問すると思ってたよ。母親だしな」
汐里は目を細める。ないものを見ようとするように。
「全くややこしいのだが、成人の関係で派生順としては汐見のほうが先なのに成人は汐見のほうが早いんだ」
お母様はまあ、色々やらかしていたし、仕方ないか。
「他では散々な言われようなんだが、汐見はそんなに悪い奴ではなかった。
優しい子だったよ。」




