おばあさま
この世界はきれいだ。作り物のように。
わたくしはそれを引き換えにして守るものを作った。
非難されようがかまわない。この美しい世界を、わたくしは気に入っている。
「あの子が、来るのかしらね」
結界が揺れる。
ああ、珍しく橋に人が来たようだ。
ーーーーーー汐凪ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「本格的に汐を探しに行こうと思っている」
突然やってきて突然の宣言。長は霧氷の変なところを吸収したのかと思っている。
「長、夢見幾世にも夢浮橋にも入れないですよね?
それなら、夢見幾世担当の早良に任せるのがいいのでは?」
長はしゅんとして戻って行った。
そのあと、早良に汐を探すようにとの命令が降った。
「汐凪、行く?今暇でしょう?簪もなくなって」
痛いところをつかれた。確かに、大遠野国は今では沃様と泊に任せているし、移儚夜は佑と結の実家と汐里で困っていない。
清は何だか忙しそうだし、江は清を離れない。
「長がいいって言ったら、行く」
早良はにこっと笑った。
「んー、別にいいと思う。汐凪と早良を引き剥がせるとは思ってないから、そこは大丈夫。考えてた」
見透かされているようで恥ずかしかったが、早良と一緒に行くことになった。
「江が解決したのと、清のことを伝えたいから妖怪の里に寄って行こう。」
早良にも賛同をもらって、またしても慎重に結界を壊して中に入った。
「結界はそうやって入るものではなく、すり抜けるものなのよ。
せっかく強化したのに」
とっても不満そうな孤姫にもてなされて、首尾を報告した。
「清の中には本来の清と雪姫がいたのです」
それを告げると、孤姫はそうと目を伏せた。
「出てきたのね。雪女が大人しくなったからもしやとは思っていたけれど。
でもきっと雪姫はここへは戻ってこないわ。もう必要ないと思っているから。
いなくても回ると思っているから」
孤姫はとても悲しそう。くちびるだけが、会いたいと動いた。
「雪姫に伝えてくれる?
私たちにはあなたが必要だと。役割がないなら作ればいい。そもそも妖怪の長の位は雪姫なのだから。
役割がないなんてそんなことを気にしなくていい。あなたはいるだけで、それだけで役に立つ。」
長い伝言。けれどそれだけ孤姫は本気だ。本気で雪姫に戻ってきてほしいと思っている。
「ええ。きっと」
「夢見幾世はこっち。気を付けてね。私たちはここにいるから、なにか用があれば声をかけてね。」
「ありがとうございます。」
妖怪の里を後にして、夢見幾世に向かう。
「通過します」
手をかざして早良が通り抜ける。私も続いて、またしても夢浮橋の上に出る。
「おばあさま、汐凪です。いらっしゃるのでしょう?」
声をかけると、目の前に人がいた。おばあさまだ。
「誰かと思ったぞ。久しぶりだな」
おばあさまは長い髪を垂らして、清と似た、けれど清より豪華な橙の服を着ていた。
その目は優しい夕色。
「汐様、一度執政界に戻られてください。
いなくなられてから本当に色々ありました。汐様の立場をはっきりさせるためにも,ぜひ」
「早良、だったかな。敬語を使う必要はない。そなたは執政官だろう。ならばわたくしと同列よ」
貫禄が違う。おばあさまは、そこにいるだけで光るような存在感のある人。誰もが足を止め,機嫌を伺うような人。
「おばあさま、」
「わたくしは行かぬ。ここを守る橋姫だからの。ここを離れるわけにはいかぬのだ。」
橋姫?
「神格を…」
「神との交渉で手に入れただけだ。」
姫は神への尊称に使われる。それをおばあさまが…
「おばあさまがいなくなって、長は清を身代わりとして愛した。江の恋人を斬首した。沃様を追ってくる人をことごとく殺した。
それでもおばあさまは執政界に戻らないの?
おばあさまが一番そばで見守って、助けてきた長を、今見捨てるの?
長は泣いていたよ。汐以外は部下として初めから作った。安心できるのは汐だけだったのに、と。」
ほとんどは佑の能力だ。佑の読心能力を使って、あとは泊の歴史書を見た。
「…それでも、戻れるものならとうに戻っている。今更だ。
もう間近なのだ。」
何が近いと言うのか。
「それなら尚更、戻った方がいい。
きっと近いうちに後悔するから。何であの時戻らなかったのだろう、そしたら変わっていたのかもって」
「それは今までも同じだ」
「それでもまだ、壊れてはいない。まだ間に合うのに、おばあさまはそれを捨てるの?」
首を傾げると菊の飾りが揺れる。
「おばあさまは、何で戻りたくないの?義務とかそういうのは抜きで,おばあさまの気持ちを知りたい」
おばあさまは迷っている。伊達に第一位代理ではないし、これぐらいの駆け引きはできる。
あとで早良に文句を言われるが。
「なら、わたくしたちに夢見幾世を案内してください。夢浮橋のおかげでわたくししかここまで来ることはできないのです。」
おばあさまは呆気に取られながらも頷いた。
「初めてのおばあさまとの旅だ!」
「汐凪、さっそく崩れている」
おばあさまは目をぱちぱちさせてから、ふふッと笑った。
「おばあさまと呼ぶな。年をとったきがするからな」
私は思わず笑ってしまった。
「汐里からも同じことを言われました。親子ですね。」




