きれいな人形
ーー霧氷が去る少し前ーーー
「え、泊が?」
「執政官は全員集まれと。じゃないと流石に良心が許さないとか、何とか。」
早良にこう言われて、泊の部屋に全員が集合した。
佑と結と雪姫と霧氷以外。
「それでは、能力行使を開始します」
泊がそう宣言し、途端に空間が歪んだ。
「時神より与えられしこの力は、書籍姫によって付け加えられた。
私の持てる全てを賭けて、能力を行使いたします」
そして、一冊の本が出てくる。随分と細かい歴史書だ。
泊が手をかざすと、そこに載っている江の反乱に関することが全て書き換わっていく。
文字が歪んで、とけて、新たに出てくる。
そうして全てが書き換わり、江の反乱は無かったことになった。
案外、あっけない。
「これで、大丈夫。」
「ひとつ、いい?」
泊は頷く。清は察したように笑う。どこか、違う笑みだ。
「なぜこれを長や汐に使わなかったの?」
「私が生きていないといけないから」
えっと、どういうこと?
「書き換え範囲は私が生きている期間のみ。
まだ生まれてない頃出来事は変えられない。私は汐凪より年下だから。」
なるほど。この条件だと蘇生させても無理そうだ。
あれ、泊が私より年下って、泊は知っていたっけ。
「ありがとう。戻ろうか」
帰る時、清が肩に手を触れてきた。
顔を上げると、こそっと耳打ちされた。
あとで部屋に来るように、と。
「失礼します」
「あ、きた。入って入って」
出迎えたのは清。前の落ち着きが消えている。
「えっと、何か?」
「んー、どこから説明しようか。あ、座って」
くるくると動いて、着物の裾が広がる。慣れない着物を着たみたいな違和感がある所作。
洗練されているのに、底なしに押さない。
「清の体がまだ生まれていない頃、雪姫が清の中に入ったの。
わたしは出られない事情があったから、これ幸いと姫さまに代役をお願いしてて、つい昨日戻ったってわけ」
ごめんなさい、まったくわかりません。とりあえず別人格、と。
「えっと、なぜそれを教えてくれたのですか?」
「砕けた口調でいいよ。清にも、そうだったでしょう?」
清からそう言われると変な感じ。
「今のあなたが、本来の清?」
「うん、そう。色々やることあるから、まずその簪かして」
抵抗する間もなく清に簪を抜き取られた。
そして、それを掲げて持ち、息を吹きかける。
そこには、珠守がいた。そういえば、今まで一度も出てきてないな。
「これは歪で理を逸脱した神。だから、存在を許すわけにはいかない。
だから壊すね」
言うが早いか、既に簪の玉は粉々に砕けて砂になった。
「ちょっと!」
「ごめんね。わたしの役割ってこれだから。じゃあ、用も済んだし帰っていいよ」
そんな雑に扱わないで。これは、
冬火からもらった物
みんなとお揃いな物
神官の証
なのに。
奪うなんて。壊すなんて、
「清…」
「怒らないで。でも、他に簪はあるからそれを使えばいいよ。ほら、解決。じゃあね」
乱暴に外に追い出された。
「汐凪……」
早良は優しい。みんな早良ならいいのに。
「あれ、泊?」
夜寝ようと思っていると、紙が頬にぶつかってきた。
泊の式神だ。
ぱたぱた周りをまわってきて、うっとうしい。
「来いっていうの?」
式神についていくと、そこは池殿だった。
「池殿に泊?」
不思議に思いつつ覗くと、江以外の五人衆がそろっていた。
「お呼びでしょうか」
声をかけるとみんながこちらを向いた。
「よく来られました。頼みたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「わたくしにできることなら」
なんだろう。見回りはないよね。江がいないから江関連か。
「江の結界能力をはく奪してもらいたいの」
結界能力は執政官である証。それをはく奪しろと?
できないことはないけれど……
「理由をお伺いしても?」
「江はもう執政官ではない。ならば、証を取り上げることに矛盾があるか?」
それは、ない。
……この人たちはこんなに冷たかったのね。たった一度の失敗で今までのすべての評価を覆す。
それに逆らえない私も同類だ。
江の部屋に行き、寝ている江の耳の前にある骨に触れる。
こぽこぽと音をたてて、光の粒があたりを踊る。能力が剥奪される。
「ごめんなさい」
江、あなたは立派な執政官だよ。
次の日、早良とともに長のところに向かった。
「長、清は何者なの?」
「清?あの子は執政界の巫女よ。神とここを繋ぐ。」
長は霧氷と共に書類仕事を片付けている。
「清の能力は、何?」
「幽体離脱、のはずだけれど」
そんな次元の能力ではない。雪姫を押さえつけられて、何なのあの子。
「どうかした?」
「いえ、気になっただけです」
長はふふッと笑った。
「あなたは嘘が下手ね。
それが良いところよ。でも、これからもそれでいられるかどうかはわからない」
そう、いつまでも純真なままでは、私は成り立たない。
「神を破壊する資格を有するのは格の高い神のみ。」
早良がそう教えてくれた。清はいったい何者なのか。
ーーーーーーー清ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「これでいいのかしら」
声が聞こえたので目を開けると目の前に初めて見る光が飛び込んできてまぶしくて目を細めた。
「ああ、起きたのね。はじめまして。わたくしは信仰神にして夢見幾世領主の霊姫。あなたは青い目だから、清ね」
目の前には白髪の女の人。わけがわからず目をぱちぱちさせると、うしろから黒髪の小さな女の子が出てきた。
「はじめまして。わたしは天上大御神。あなたには神格を与えようと思っているの。
近く、この荘園は崩壊する。それは避けようがないこと。その時に少しでも被害を抑えるために、あなたには調停者をお願いしたいの。」
なぜか、何をすればいいのかもどういうことかもすんなり理解ができる。
「そうね、あなたは執政界の巫女ということにしておくわね。
能力もわたしからあげるわ。いろいろあるから、好きに使って」
それで、空間操作と時間操作の力をもらった。神格を与えられ、来るという崩壊について聞いた。
「詳しいことはわからないの。ごめんなさいね」
「この力、本当は期が来てからほかの執政官に与えることも考えたのだけれど、あなたに任せるわ。
具体的には、一人の執政官の反乱の後に必要となるはずだから。」
それだけ言われて、わたしは繭の中にいた。
力をごまかすことはできないし、強力すぎるからどうやって隠そうかと考えていると、小さな女の子がいきなり繭の中に入り込んできた。
雪姫だ。とっても冷たい。
「ねえ姫様、ちょっとわたしの身代わりになってくれない?」
神を利用してしまってごめんなさい。でも偶然の大チャンスなの。
「何を言っているの」
「んーとね、わたしが生まれたら確実に厄介なことになるの。わたしにはそれだけの能力がある。あ、自慢ではないよ?
わたしは生まれるわけにはいかないの。だから、荒波立てずに身代わりになって。時期が来れば姫様を解放するから」
なんとか雪姫が納得してくれたので、それ以来わたしの人格は清の心の中で眠ることになった。
ときおりは起きて清の記憶を見たり、雪姫と会話したりして、気ままに過ごした。




