神格を持つ資格
雪姫の歴史は古く、まだ天上大御神が降臨なさっていなかった頃にまで遡る。
各地はそれぞれの種族の妖怪が治めており、雪姫も雪女の長として今の大遠野国一帯を治めていた。
雪姫は白と小さな雪女の特徴を併せ持っていた。吐く息は白く、人を凍らせることもできた。白い服に黒い髪をしていたが、小さな見た目も持っていた。
隣には今の鬼姫が今の移儚夜と夢見幾世にあたる地を治めていて、二人は中がよかった。
たまにやってくる九尾の狐、まだその頃は八尾の狐だった狐姫とも遊んで、三人で和歌を読んだり絵を描いたりしていた。
雪姫は和歌が得意で、狐姫は絵が描けず、鬼姫には美的な感性がなかったが、下手下手と言い合うことにも幸福を感じていた。
けれど、そんな日々は長くは続かない。
三千年前のあの日、天上大御神が降臨なさったのだ。
それまで土地を支配していた妖怪たちは次々と天上大御神の勢力に敗北し、領地を奪われていった。
だれもが土地を守ろうと武器を手に連日天上大御神たちと戦った。
空には雷が鳴り響き、地面は割れ、空は赤く染まった。
そんな中、鬼姫と雪姫は違った。
「どうする?雪女は、土地を守る?」
「それは無理でしょうね。わたしは、土地を明け渡すつもりよ。
雪女は戦闘向きではないし、水色の雪女は確実に全滅する。仲間が死ぬのは見たくはないわ。それはあなただって同じでしょう?」
雪女はわかっていた。天上大御神に勝てないことを。抗っても仕方がないということを。
雪女と鬼はその領地を天上大御神に明け渡した。
そして、天上大御神は雪姫と狐姫の領地、その他少しづつ奪って島一帯を空間を超越した荘園にした。
妖怪の土地を統一した天上大御神は、妖怪たちに通達を出した。
『今から二百年経っても人々に覚えていられた妖怪の中から三名を神とする』
立場を奪われた妖怪たちにとって、絶好の機会だった。皆に認めてもらう為の最後の機会だと、こぞって人を脅かした。
「あれ、雪女長は行かない?」
「呼び方やめて…ええ。ここはあくまで荘園。ここでの知名度は意味ないわ。
外では雪女に関する昔話も多い。それに託すしかないわね。
少なくとも、脅かすなんて論外。下手すれば変容するわ。そんな危険性背負いたくないもの。」
雪姫はよくできた人だった。
そのような考えができる人を、天上大御神は求めていらっしゃった。
そして、二百年が経ち神格を与えられる為の試合となった。
候補は九尾の狐、雪女、鬼、座敷童子、天狗、河童。
まず、九尾、座敷童子、鬼の三人と雪女、天狗、河童の二手に分かれての戦闘を行った。
河童に座敷童子をやらせ、九尾と天狗、鬼と雪女で戦った。
結果としては九尾の狐の三人が圧勝だった。
次は一対一のくじ引き対戦。
座敷童子と河童はそれぞれ九尾の狐と鬼によって倒され、残るは雪女と天狗になった。
天狗は風を操る。
そして、前に風をやるには自身も後ろからの風を受ける。これを逆手にとって雪女は天狗に勝利した。
九尾の狐と雪女と鬼が神格を与えられることになった。
神としての名を与えられ、寿を与えられた。
「そなたたちには神にふさわしいふるまいを期待している。そなたたちには役目を与えたいのだ。
一つは荘園に執政官を作ることにした。荘園の監視人だ。その者たちの監視を行ってほしい。
神とも人とも違う立場での監視をしてもらいたい。
二つ目は妖怪たちの管理だ。
この二百年の間に妖怪たちの態度が悪くなった。このままでは処分は免れまい。わたくしの責任だが、そこまで手が回らぬのだ。
三つめは荘園の人々の安全管理だ。
結界からはぐれる人がいるかもしれない。ゆえに、そのような人を導いてほしいのだ。無事に荘園の中に戻れるように」
4人で話し合い、監視を雪姫が、管理を鬼姫が、安全管理を狐姫が行うことになった。
三人は神になったことをねぎらうために、天上大御神より褒美をなんでも一つ与えられることになった。
三人は必要となった時に頼むといった。
三人は神になったに伴い、髪が白くなった。神は皆白い髪なのだ。
ただ一人、天上大御神を除いて。
三人は戻って妖怪の里を築いた。
鬼姫は妖怪の格を作り、禁忌を作った。指揮系統を明確にし、きちんとした町を作った。
自身は妖怪の里の門番長となり、秩序を守りことに注力した。
狐姫は神としての権能を使い、里に結界を張った。どの荘園の中から入っても里にたどり着く結界だ。
狐姫はこの結界を管理するために里長に就任した。
これらすべてが始まるときにも終わるときにももう、雪姫はいなかった。
二人が協力したのに対し、雪姫はたった一人で執政界の監視という役割を引き受けたのだ。
雪姫は定期報告の時以外をすべて執政界で過ごした。
二人への愛情が消えたのかというと、そうではない。
二人が協力してともにいられる方法を二人に提案したのは、雪姫なのだ。
彼女はどうしてもひとりで行動しなければならない監視の役目を引き受け、その姿を見る者は、覚えているものは少なくなった。
狐姫には、優しく笑った彼女しか残っていない。どんな子だったのか説明できるだけの要素は覚えていない。
何度大切だからと思い出そうとしても、忘れてしまった。
どうでもいいわけではなかった。なのに、ふるまいも声も覚えていない。
鬼姫は、どういう人だったかの声が断片的に残るだけで、顔もそこに至るまでの経緯も覚えていない。
壊れてしまった。それでも、雪姫は戻らない。




