人形遊び、後編
「私を、汐凪たちの仲間にして」
突然そんなことを言い出した結に、私は目をぱちくりさせた。
「とういうこと?もう仲間じゃん」
細心の注意を払って、バレないようにと思って話していても、結はそれを超えてきた。
「知ってるの。お兄ちゃんがもう戻ってこないことも。梨絵がもう来ないことも。私、子供だけど赤ちゃんじゃない。それぐらいわかる。なんで私を赤ちゃんみたいに扱うの?」
確かに、結を思ってと言い訳して、何も話していない。けれど、これは話すわけにはいかない。秘密だから。
「そういうつもりはなかったのだけれど…確かに、二人はもう戻ってこないわ。隠していてごめんなさい。」
結はこちらをじっと見つめてくる。その黒い瞳が、羨ましいと思う。
「でもそれには訳があって…」
「いらない!」
説明を考えながら声を出すと、叫んで止められてしまった。
その顔は少しも怒ったり取り乱したりしていない。至って平静だ。
「いつもいつもそうやって詭弁ばかり並べて。あなたたちが瞳一族なぐらいわかるよ!子供扱いしないで!」
結はそれでも平静だ。
「御伽話の?そんなこと、あるわけないじゃん」
それはいつもの逃げ文句。通じないとわかっていても、もはや反射的にこれが出てしまう。
「ならなんで分身したの?光る蝶を出してたの?追われているの?」
この子は、梨絵よりよっぽど賢い。
「そんなの、夢見幾世なら当たり前にいるよ。」
「夢見幾世ってなに」
もう、この子に隠す気はない。
「教えましょう。瞳一族について。」
早良がにこりと笑う。どうせ、移儚夜の人たちは四十ぐらい、遅くても五十にはしんでしまうし。
「あなたはどれぐらい知っているの?」
「不死ってことと、不思議な力を使えることぐらい。御伽話ぐらいだよ」
よくその情報からわかったものだ。これぐらいは一般常識なところがある。なぜこんなに文明の発達した移儚夜でこんなに根強いのか。
「そうね。そこにはただ流浪の人々と言われているけれど、本当は違うの。まず、世界の構造から教えましょうか。汐凪、よろしくお願いします」
なぜここで私に振るのかと視線を向けると、「本家ですから」と返ってきた。全く答えになっていない。
私は紙に丸を描きながら説明をした。
「えっと、この世界は一つではなくて、いくつかの世界があるの。
一つはここ、移儚夜。一番文明が発達していて一番寿命が短い。
二つ目は夢見幾世。一番文化が混ざっていて、能力者がいる。唯一みんなが夢を見る世界。
三つ目は大遠野国。一番大きくて一番荒れた世界。
大きなところはこの三つ。あと二つあるんだけど、ついてこれる?」
「あ、うん。」
生返事。でも返事をする余裕はあるから、多分大丈夫だ。
「移儚夜と大遠野国と繋がっているここが、執政界。小さなところだよ。屋敷一つ分ぐらい。で、執政界と夢見幾世をつなぐここが、夢浮橋。これで全部だよ。」
三つのところは互いに繋がっていなくて、必ず執政界を通る必要がある。
これだけ伝えるのにも苦労する。
誰も他に世界があるなんて思いもしないだろうから、それでも結の理解が早くて驚くぐらいだ。
「わかる?」
「まあ、追い追い理解できると思う」
それぐらいで十分。
「執政界に住んで、世界の均衡と治安を見守っているのが瞳一族。流浪っていうより、仕事をしてるの。」
本当に説明が面倒。よく早水は私たちに教えられたな。今更ながら育ての親への感謝が芽生えてしまう。
「ほぼ不死で不思議な力を持つっていうのはあってるよ。」
というか、瞳一族にはそれしか他の人と違うところがない。
「まあ、そんな存在。仲間になりたいと思うのは自由だけれど、するかどうかは汐凪の胸ひとつだから、私じゃなくて汐凪に頼みなさい。」
「一つききたいのだけれど、いい?」
「どうぞ」
結は深呼吸してから興奮したように質問してきた。
「寿命が長いって、どのぐらい?60?」
そういえば移儚夜でしか過ごしたことがないのか。
「夢見幾世では長かったら80ぐらいかな。大遠野国は70ぐらい。」
結は驚いてぽかんと口を開けた。
それから、しばらくは日々は穏やかに過ぎて行った。
何の変化もなく、引っ越しを繰り返して三人で過ごしていた。
「汐凪!来て!」
部屋から結の叫び声が聞こえた。
慌てて向かうと、以前結に渡した人形の見た目が変わり、動いていた。
「ああ、これは大丈夫だよ」
「どこが!」
だってこれ……
「祐だよ」
結は一瞬だけ顔を人形に向けてから、もう一回こちらに戻した。
「ごめんもう一回言ってもらっていい?」
「だから、この人形は祐なの。おばさまの力で人形化しただけで。」
そこに遅れて早良もやってきた。
「汐里様のがようやく効力を発揮されたのですか。結構遅いのですね」
「まあ、おばさんは力使っているから。」
そんな言い合いをしていると、置いてけぼりにされていた結が人形を抱えてやってきた。
「どうして、お兄ちゃんを死なせてあげなかったの?」
「必要だったの。」
結はそれを聞くと目に涙を浮かべて走り出てしまった。
5階の窓から。
「ここから落ちても大丈夫?」
「結は大丈夫だよ。」
結は強い子だから。
結は食事の時には帰ってきてご飯を食べて、お風呂に入って寝て、朝になったら出て行って食事の時間に戻ってくるということを繰り返した。
ここしか帰るとことがないのに反抗している結がとてもかわいい。
「あのままでいい?」
「祐も連れているから、大丈夫よ」
そう、のんきに話していた。
「汐凪、祐が動かない」
そう言ってきたのは、しばらくしてからだった。
「見せて」
祐は本当に動かなくなっていた。
「わかりますか?」
「んー、もともとおばさまのだからおばさまに聞かないとね。」
私の力では限界がある。もともと無理やりだから、おばさまにききにいかないとな。
「結、ご飯の用意をしておいてね。早良、ちょっときて」
二人に頼んで、早良とともに部屋に入る。
「どうした?」
「いいかげん場面で口調変えるのやめてよ……」
早良はベッドに祐を座らせる。
「そうはいっても汐凪と結を同じには見れない。」
それはそっか。
「で?どうした?」
「祐が消えかけている。」
まずい。
「おばさまも想定していたみたい。お母さまから譲渡された……してもらった繁殖の力と合わせればつなぎとめられるのだけれど……」
「それは、結を仲間にするということ?」
それでは本末転倒。結には人として生きていてほしいのに。
「結に任せたら?」
「というと?」
早良はベッドに腰を下ろして祐をなでる。
「結がどうしたいかが、重要。私たちがここで何を話しても無駄。」
いっそ冷たいぐらいに聞こえるが、早良なりの結へのやさしさだ。
「そうだね。」
そう、結は望んでくれた。なら、それにこたえたい。
「結、あなたに覚悟はある?」




