妖怪の里、壱
「今回のことで江が神界から罰を受けることはあり得るの?」
清の故郷に行くのは私、早良、清、霧氷、泊だ。
結たちは入れないと清に却下され、長は空間の作成と維持のために離れられず、沃はこの機会に休むそうだ。
沃は休むといった部屋にたくさんの書類を詰め込んでいたが。
「あー、それなら多分泊が何とかする」
何とかってなにをするのだろう。こわいっ。
「妖怪の里はどちらなのでしょうか?」
「わからないわ。境界にあるからひたすら進めばたどり着くはずだけれど」
ひたすらか……どういうところかさえわかれば転移できるのに。
「どういうところ?」
「そうね……わたくしも前にまともにいたのは三千年ほど前だからあまり知らないの。」
三千年前って、初代天上大御神が降臨なさった時なのでは……
「あ、多分こちらです」
そう霧氷に指し示されたのはただの山。のどかな風景だ。
「本当に?」
「ええ、なんだか作り物っぽいでしょう?」
どこが?
「早良、わかる?」
「生き物が飛んでいないところ、でしょうか」
言われてみると鳥がいない。虫もいない。多分そういうことだ。
「なるほど。」
「こういう、世界の境界に妖怪の里はあるの。はぐれた人を導くために」
はぐれた、か。荘園に“穢れた”人が入ってくるのが嫌なのだろうな。あの神たちならあり得る。
にこにこしていて、潔癖で、外より中の方が優れていると無条件に信じている、中の人たちなら。
「この程度の結界なら解除できるでしょう?汐凪、よろしく」
「清が解除すればいいのに……」
文句は垂れつつ中にバレないように気をつけて解除する。
「どこでそんな技能身につけたの?」
「初めからできたよ」
そう言われることではないと思う。
「ほら、開いたよ」
ぞろぞろと入ると、そこは離れ里のような雰囲気ながら、どこかそういうところとは違う場所であると感じた。
霧が濃くて前が見えないし寒い。それに、ふよふよ火が浮いてる。
「ここが妖怪の里…」
「喜野里。喜ぶ野の里と書く…まあ、漢字の綴りは当て字だから。」
話しながら歩いていると、門のようなところに辿り着いた。
門のそばに、人影がある。
「誰でしょうか?声をかけますか?」
泊が小さく聞いてくる。というより、かけるしかないだろう。門、閉まっているし。
「あの、すみませんが」
よく見るとその人は頭に先に行くにしたがって赤くなる二本の角が生えていて、美しい顔立ちで、茶髪をゆるくくくっている、綺麗な人だ。
その人はぱちっと目を開けた。そして数回瞬きをすると、驚いたのか刃物を投げてきた。
流石に避けられる空間はなくて、慌てて手を振り上げてクナイを浮かせる。
その人はなおもこちらを見つめていた。
「あなたたちは、普通の人ではありませんね?」
「まあおおよそそうですね」
その人は立ち上がって門を開けた。
「どうぞお入りください。里長のところまで案内いたします」
里の中は普通の夢見幾世の田舎とされる絵にそっくりだった。
木製の家がならんで、子供たちが遊んで。
…全員が妖怪なのを除けば、普通の町だ。
「こちらになります。狐姫がいらっしゃるまで少しお待ちください」
その人はパタパタとどこかへ行って
あれ、どこかで聞いた名だな。
えーっと、神界で読んだ資料にあったのは
初代天上大御神によって神格を与えられた妖怪は雪女の雪姫、九尾の狐の狐姫、鬼の鬼姫の三人、だったか。
……門番、鬼姫なのでは?
「お待たせいたしました。要件をうかがってもよろしいでしょうか?」
奥から出てきたのは白い短髪の美人だった。はっきりした顔立ちだ。
「あなたは?」
「自己紹介がまだでしたね。天狐の狐姫と申します。初代天上大御神より神格を賜った妖怪の一人です。
妖怪の里の長をしております。」
天狐?九尾の狐だと聞いていたのだけれど。
てっきり狐姫かと思っていたけれど、読みが違うのか。
なら鬼姫とかなのかな。
ぼんやりしていると、霧氷が頭を下げた。
「執政界の長の教育係、神界の霧氷といいます。」
ぞろぞろと後に続いて序列順に名乗る。こういう時に序列があると助かる。
「驚きました。見張りの子から結界をすり抜けたと聞いて。」
「申し訳ございません。こちらの汐凪がわざわざ気づかれないように解除してしまいまして。」
清が頭を下げているが、やっていることは私をけなしているだけだ。じとっとにらむとふいと顔を背けられた。
納得がいかない。
「いえいえ。相手に気づかれるように結界を通る馬鹿はおりませんよ。
それで、なぜ執政官たちはこちらにこられたのですか?」
「それが……」
清はうまく江の反乱を隠して血縁探しの理由をでっち上げた。こんなことができたのか。
詐欺師になれそう。
「そういうことですか。ならば人を貸しましょう。鬼姫。」
狐姫が声をかけると、奥から出てきたのは、長い白髪を四本の簪でとめた無表情の隔絶した美女だった。
長い先っぽの赤い角が2本ついていて、目は血のように赤い。服は足のあたりに切れ込みが入った着物のようで動きやすそうだ。
「狐姫、わたくしはあなたに命令される立場ではないのよ。」
「建前は里長と衛兵長じゃない。文句は言わせないよ。」
とつとつと目の前で言い合いをされても困る。
「狐姫が申し訳ありません。
初代天上大御神に神格を賜った、鬼姫と申します。この里で衛兵長をしております」
鬼…各地でいろいろな創作物に出てくる妖怪。
角が生えていて、妖怪の中で最強クラスの高位な存在と言われている。
「なにか、血縁を探すための手助けができるのですか?」
「わたくしはあまりできません。鬼たちに連絡を出してみますが、あまり期待しない方が良いでしょう。」
なぜ鬼姫を呼んだのだろう。
「そうね……野狐たちにも通達を出してみるわ。あの子達、足は速いけれど情報を分別せずに報告してくるのよね……」
ぼやきながら狐姫は懐からちょこんとした狐の置物を取り出して、息を吹きかけて外に出すと、置物が動いてどこかに行った。
「とりあえず、今日はここに泊まりなさい。
ここ、数日滞在しないと外に出られないから居るしかないのよ。
この里、旅館とか多いのだけれど、妖怪なのよね。鬼姫の館に滞在するといいわ。」
「狐姫、勝手に決めないで。里長の屋敷でいいでしょう」
なんだかんだ言いつつ、鬼姫の屋敷に泊まることになった。
「こちらをお使いください。護衛に茨木童子をつけますから、何かあればご遠慮なく。」
茨木童子と呼ばれた鬼は、背が高くて武装していて少し怖い。でも体型で女性だとわかる。




