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人形シリーズ  作者: 古月 うい
二部 手の届かない地 神界編

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長の独白

久しぶりの執政界。懐かしいな。


「ちょっと、帰ってるなら言ってよ!」


いきなり後ろから怒鳴られた。江だ。


「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」


江はまなじりを釣り上げている。後ろには青い顔をした清。


「いきなり佑と結だけで帰ってきて、汐凪(しおなぎ)たちは神界に連れ去られたって言うのだもの。心配したよ。」


確かに江からするとそうなるのか。


「……で、その子は?」


「神界の、霧氷(むひょう)と申します。この件に関しては、長に御目通りを願います。」


この小さな子が達者な口を叩くと思っていなかったのか江は度肝を抜かれていた。


「清、できる?」


「問題ない」


やはり蛍姫の方が愛想がなかったのだな。清を見て改めて思う。


「なら、行きましょうか」




「霧氷と言ったか、なぜここにきたのだ?」


「むしろお聞きしたいです。あなたさまはなぜ何も咎められないとお思いなのか。」


ああ、霧氷が本領発揮している……これは止められる気がしない。


「あなたの行動が神界で問題になりました。

しかし、汐凪の尽力のおかげでわたくしがあなたの教育を行うことになり、参ったのです。」


容赦のない霧氷。まあ、仕方ないか。


「あなたが行為を反省なさらないのなら、処分も止むおえないということです。何がいけないことなのかもお教えいたします。ですから、わたくしには逆らわないでくださいませ」


霧氷、怖い。


そうして、しおれた長は霧氷に連れていかれた。

ーーーーーーーーーーーーーゆう子ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おかあさま、おかあさまはわたくしが好きですか?」


「ええもちろん。お前は私の大切な子供ですからね」


お母さまが笑っている。私はそんなお母さまの胸の飛び込む。

お母さまからはいつもすこしつんとした匂いがしていた。


「汐も、たいせつな家族だよ」


側にいた汐は涙ぐんで喜んだ。それをお母さまとくすくす笑っていた。


周りの人は父がいない子、捨て子のくせにと言っていたが、そんな事お構いなしだった。ただただ幸せだった。



いつもいつも楽しかった。あの日々が続くものだと、信じていた。




「あの家の上の子、いつまでも成長しないのですって」


そんな噂が広まったのはいつのころだったか。もうお母さまは老いていた。


汐ですら大人の姿になった。


けれど私は幼い幼い女の子のまま。お母さまと出会ったころから何も変わっていない。


それが嫌で嫌で仕方がなかった。だって一緒に過ごしていたかったのにそうできないのが最初から分かっていたと突きつけられる。


どこかで予感はあったのだ。私はお母さまとも汐とも違うと。いつまでも一緒にいることなどできないと。


それでもただ一緒にいたかった。それがあんなに悪いことだったのだろうか?


お母さまの最後の言葉はよく覚えている。


「あなたが違うとはわかっていました。あなたを子どもとして、娘として育てたことは後悔しておりません。」


みんながこの屋敷から離れて行っても、お母さまだけは味方でいてくれた。大好きだった。

なのに、死んでしまった。



「ねえ汐、汐は離れて行かない?」


「はい。いつまでも一緒にいます。決して離れていきません。」


誰もいなくなった屋敷でただ二人過ごした。


気味悪がられても、それでもいいと思っていた。


やがて、汐も成長が止まった。


「これで、一緒にいられますね」


その時に感じた疎外感は、きっと気のせいではない。あの時が、汐と私の間に主従ができた瞬間だった。



「ああ、こんなところにおられたのですね。」


いきなり屋敷にやってきたのは、異様な人々だった。


何人もいて、同じような服装をしていて、そろってみんなつらそうな顔をしていた。


「遅くなり申し訳ございません。さあ、参りましょう」


手をつかまれて引っ張られる。手が痛い。


「あなたたち、何者ですか!」


汐がかばってくれる。汐の暖かさに包まれて、この人たちが異様で。どうしても耐えられない。


「おやおや、これはこれは。そういうことですか。

申し遅れました。執政官第一位弓軌(きゅうき)と申します。」


一番真ん中に立っていた人がそう言った。

執政官?わけのわからない役職だ。でも、不思議と受け入れている自分がいる。この人たちに昔あったことがあるのだろうか。そんなことないはずなのに。


「それ以上の狼藉を加えるな」


汐が全力で威嚇している。でも、必要ない。だって私がここにいることの方がおかしいことだもの。


「わかりました。行きましょう。」


「危険です!」


「汐、いいの。」


私にはここは似合わない。私が望まれる場所があるのなら、そこに行った方がいい。そうでしょう?


「弓軌、汐は連れて行ってもいいわよね?」


「ええ、長の初めの眷属ですから」


私は自ら望んで、執政界の長になったのだ。だから後悔したことはない。



「あなた様は今からここ、執政界の長となっていただきます」


私が執政界に行って、弓軌の世話になることになった。それ以外の方法がなかった。


「執政界の長とは、この四世の秩序を守る存在です。先代が最後に産み落とされた跡取り、それがあなた様です。しかしあなた様は生まれてすぐに連れ去られてしまわれた。われわれがどれほど探したことか。」


そんなこと言われても、私には関係のない生まれる前のことだった。


「秩序を守るとは、どうするのですか?」


「我々に敬語をお使いなさってはいけません。使うべきはただ神のみであります」


何をしても否定されて、一からすべて教えてくれた。


長としての振る舞い、感情を抑える方法、力の使い方。最後に、新たな執政官の作り方。


「では、執政官を作りましょうか。」


そうして生まれた子は、紫の瞳をしていた。私はその子に(よく)となずけた。


それを見届けて、弓軌は消滅した。それにより、執政界の支配権が私に移った。



「汐。」


夕方、私はよく外を見る。


外は汐の色をしているから。あの頃の汐の優しい目。


いつも隣で守ってくれていた。なのに、今はすがることができない。


私は長だから。長が執政官に弱みを見せるわけにはいかない。


いつから、呪縛になったのだろう。あの頃に戻りたい。そうすれば、何かやり直せたのかもしれないのに。


「汐、私は声を上げて泣くこともできないの。ねえ汐」


そう呼ぶときの私は、かつての汐を見ている。まだ姉だった汐を。


それからしばらくして派生させた江と清。それと同時期に汐里が派生した。


清は目以外汐にそっくりな子だった。



「外に出ると?」


「はい。汐里も連れて」


汐からの申し出は、私を絶望させるのに十分だった。


汐里も連れて行くということは、いつもの見回りとは何かが違う。


「戻ってくるのか?」


「さあ。」


ねえ汐。あなたは私の救い。なのにどうして離れていくの?


いなくなって側にいたのは清だった。


うんん、清じゃない。この子は汐。


だから汐のようにふるまって。


異常?そういわれようが構わない。私はもともと尋常ではない。


このまま過ごすのがいけないことだと、何かをしなくてはいけないことはわかっている。けれど何をすればいいのかわからない。

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