黒髪の神
「ここからなら飛んで帰られるね。」
雲の切れ間に立って下を見ると、普通に世界が見えた。
「行きましょうか。」
二人を結界で包んで、飛ぶ。
「浮いてる!」
「それが私の力、飛行よ。」
降り立ったのは移儚夜の汐里の家。
「汐里、いる?」
「汐凪、人払いの結界って知っているか?……誰だい、その子」
「汐里、隠し子を作らない?」
汐里のぽかんとした顔が面白い。
「その子は神界の子で、でも立場がないからわたしの子供ということにしたい?」
「そう。この子が執政界に入れないから。」
汐里は頭を抱えている。まあそうだろう。いきなり出てきた子供なのだ。
「血縁のよしみと言えば聞こえはいいが、わたしの子でいいのか?」
「ほかにいないもの」
私たちの娘ではさすがにおかしいし、姉妹とするにしても証言がいくらでも出てきてしまうだろう。そもそも本当でないと神界には入れない。
「ああもう。わかったよ。娘にすればいいんだろう」
「ありがとう、汐里」
ーーーー霧氷ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「霧氷様、霧氷様」
誰かが呼んでいる。花の中で目を開けると、秤姫らしき恰好をした人がいた。
「どなた?」
「第15代秤姫でございます。この度の判決にお力をお借りしたいと思って起こさせていただきました。」
わたくしのころから代替わりしている。まあ、秤姫って人数が多いし代替わりが多いからな。
「そう。今、起きるわ」
花をとり、目を動かし手を動かす。久々で体がびりびりしてしまう。
あの時の記憶があいまいでところどころかけている。
「なにか頼みでもあるの?起こしたということは。」
はいと答える秤姫。秤姫は烏姫と並んで唯一襲名制の秩序を守るための神だ。そんな神がこちらに願い事とは。
「霧氷様は教育に尽力し、教育者の二つ名をお持ちです。そんな霧氷様に教育していただきたいのもがおります。」
わざわざ私が?
「執政界の今代の長はご存じですか?」
「知らないわ。代替わりしたのね」
「はい。そこですこしごたごたがありまして、今代はゆう子と申すのですが、そのものは人として育てられたのでございます。」
執政界の長が人として?
執政界の長や神の頂点たる天上大御神烏姫などは人として生まれることがないわけではないが、5歳より前には一度は連れて行く必要がある。
それがなかったということか。なら相当に難しい。
「その関係で執政界の長としての教育が足りず、長となられてからも先代はすでにいないため導き手もおらず過ごしておりました。
そんなゆう子が禁忌に抵触いたしました。しかしその成長過程を考慮し、教育することにしたいのです」
それで私が起こされたのか。
「なぜそこまでするの?わざわざわたくしを起こすほどではないでしょう。育神もいるじゃない。」
「長は、その上の界の長が監視する決まりです。適任かと」
やっぱりそうなるのか。
「では、わたくしは自由にしても構いませんね?」
「お望みどおりに」
あえて何も知らない、無害で察しのいい少女を演じる。
それが私の生きるすべ。誰に何と言われようとも構わない。だって、それしか知らない。
誰も教えてはくれなかった。だから、こうするしかない。
甘えなんて許されないから、だからふるまうしかない。
ーーーーーーーーーーーーー霊姫ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「どうしてあんなことをしたの?」
わざわざ簪に加護を授ける必要なんてなかった。なのに蛍姫はあろうことか簪に連絡手段としての機能も付けた。
蛍姫はふいとそっぽを向く。まったく、蛍姫は昔からこう。おかげでどれほど会話に苦労したことか。
「気が付いている?」
「何に」
蛍姫はずっと遠くを見つめている。
「ここから、海が見えるようになった」
今いるのは、執政界の真上。そこから海が見えるなんてありえない。
目隠しの結界を張っているはずだから。けれど蛍姫がさした方向に目を凝らすと、かすかに遠くが光っていた。
「もう、近い。きっとこの世代。」
そうか。
彼女たちを呼んだのも、このため。
いよいよになってから呼び出すのは危険。だからあらかじめ道しるべとなれる者をここに呼んだ。
「いろいろ用意しないとね。宮子」
宮子はゆっくりと顔を上げた。
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