神の裁判
「それでは、これにて秤姫の元に向かいましょうか。」
珍しく三人揃って何を言い出すのかと思えば、初めて出てくる人物だ。
「秤姫とはどなたですか?」
「ああ、知らないのね。」
「この世で最も公平な人物。神界唯一の裁判官。神同士、国同士の争いの裁判を行なっている。
裁判に支障が出ないように裁判がない時は常に眠っているため、活動時間は極端に短い。その世代の価値観と合わせるため入れ替わりが激しい。」
珍しく蛍姫が饒舌だ。二人で目を丸くして固まっていると、霊姫が楽しそうにけらけらわらう。
「蛍姫は戦神という役割上、裁判に参加することが多いからね。ちなみに私も結構多い方よ。
千姫はこの間随分前の人を裁いていたよわね?」
「人を殺して長生きさせる方法を確立した人、使わせた人、広めた人が出てきた。時神として意見を求められただけ。そのときは、全員の魂を焼き討ちにして封印した。」
なんか怖いことを言っている。容赦のない人なのかな。
「あの人何に関しても公平。そして、慈悲の心もない。けれどどんなに高い存在であっても等しく裁くことができる、世の理から外れた存在。」
その人に、長を裁いてもらおうと。
「いきましょうか。」
「秤姫、秤姫。執政界の長による職務放棄及び禁忌の抵触に関して、判決を聞きにまいりました。」
三度扉に向かって叫ぶと、内側から勝手に開いた。
「入りなさい」
長い白い髪を一部だけ高くあげ、そこに簪や鎖などを垂らして、服は白一色。白に白い帯、白く薄く透ける羽織を羽織って、目の色は何色でもない。
その人だけ、別次元の存在だった。
「資料をおいて、三日後にここへ。」
それだけ言われて、私たちはそろって退出した。
「すごい人でしょう?私たちがかすむぐらい」
「はい。彼女の元では神も人もみな等しく裁判対象なのだと」
それが彼女の素質なのか、はたまた秤姫に受け継がれたものなのか。
「疲れたでしょう。もう休みなさい」
長は、これからどうなるのか。途方に暮れた迷子のような長が、どのような判決を下されてしまうのか。
「あの」
思わず声をかけてしまった。
「なにかしら?」
けれどその口調は抗いがたくて、何でもないと言ってしまった。
「それでは裁判を始めます。
容疑者は執政界の長、真名をゆう子。
内容は職務放棄と禁忌への抵触。
詳細は約百年の間見回りを放棄し汐の持つ橙の瞳を追い求め、汐そっくりに清を養育したこと。禁忌を犯した汐に罰を与えずにいたこと。
情状酌量の余地としては、先代が崩御したのちに派生したため禁忌の内容を理解していないこと、人間として育てられたため人の感情に近い考えを持っていること。」
のような内容がつらつらと読み上げられる。手から体温がなくなっていく。
私が長を追い詰めている。
「ひとつ、よろしいでしょうか」
「許します」
「執政官第六位、及び第一位代理汐凪と申します。
先ほど秤姫は禁忌を犯した汐を咎めなかったことが罪だとおっしゃいました。けれどそれは今では違います。」
霊姫は穏やかに笑ってくれている。後ろには早良もいる。だから私はここにいられる。仲間がいる。帰れば温かく迎えてくれる居場所がある。
でも長はそうではない。たった一人で、御殿も隣がいない。唯一心を許した汐はいなくなってしまった。
何年も、ただ一人の長。その人を見殺しにするような真似、できるわけがない。
「私は執政官第一位代理です。これは、汐の死亡が確認でき次第すぐに空席を埋められるということです。
汐がすでにいないことを考慮した行動です。つまり、長は汐に執着はしていますがけっして甘いわけではありません。
長は無知です。けれどけして愚かではありません。」
だからどうか、考え直して。
「承知いたしました。それでは、判決です。」
いよいよだ。
私は姿勢をただす。
「長は執行猶予を付けます。その間に執政界の長としても役割を覚えてもらうために、この神を執政界に付けます」
この神、と言われて出てきたのは、十歳になるかならないかの幼い女の子だった。
黒髪が豊かに流れ、その目はキラキラと輝いている。
不思議と、人目を惹く子だ。
「秤姫、それは……」
霊姫が青ざめてあたふたしている。よく見れば蛍姫も初めて人の話を聞いている。千姫も驚いている。
「異議はありますか?」
けれど誰も反論できなかった。
「決まりましたね。それでは、これにて判決は終了いたします」
「すごく大きなことになったわね」
「ええ、まさか……」
霊姫たちがそんな話をしている後ろで、私は黒髪の女の子と話している。
「お名前は?」
「きょ……」
「きょ?」
もごもごとさせているのもかわいい。
「霧氷!そう霧氷。霧の氷と書いて、霧氷」
霧氷か。きれいな名前だ。
「どうして神なのに黒髪なの?」
教本には神は白髪と書いてあったし、今までであった神は程度に差があれみんな白髪だった。
「秘密です。」
この子、見た目の割には話しやすいし賢そう。
「いつここを出る?もう帰ってもいわよ。あなたはここにいつでも来られるようにするから」
「そうですね……早良、どれぐらいかかる?」
「4日でお願いいたします。」
そうして、出発は四日後と決まった。
「霧氷、琴上手ね」
「たくさん練習させられましたから」
この子には琴を買おうかな。
「もう準備はできたの?」
霧氷はきょとんと首をかしげる。
「ここから出る用意。服とか、お気に入りのものとか。」
霧氷はきょとんと首をかしげただけだった。
「何をすればいいの?」
この子、どういう環境で育ったの……
「じゃあ、あなたの持ち物をもってきて。運べるものだけでいいから」
これまたきょとんとされた。
「服、それしかないの?」
これにはうなずかれた。今までどうやって生活していたの。
とりあえず霊姫に確認すると確かにそうかもと言われた。この子はどういう素性なのかが一切わからない。
「もう行くのね。早いものね。」
「たったの十日です。それを言うと年寄りくさくなってしまいますよ。」
笑いながらの、身の程知らずな神界での生活は今日で終わり。これからは、長を矯正しなければならない。
「霧氷様、よろしくお願いします。」
霊姫の敬語を初めて聞いた。神が敬語を使うなんて、霧氷やっぱり何者なの。
「お任せください。これも役割です。」
などと会話している。蛍姫がずっとこちらに歩いてきた。足の動きがわからない歩き方だ。さすが戦神。
「この簪……」
「大遠野国の寒国の火の巫女、冬火からいただきました。」
蛍姫は簪に触れた。
「蛍姫!?」
千姫が驚いている。けれど何を言いたいのかわからない。何に驚いているのだろう。
「文句は言わせない。」
蛍姫はくるりと背中を向けてしまった。
「全くあの子は……ごめんなさいね。あなたはいつでもここに来られるから。」
霊姫が苦笑している。
「今回は巻き込んでしまってごめんなさい。でも、あなたはいい執政官。それだけは認めるわ。天上大御神も認めたことだし」
一度も会ったことないのだけれど。
「天上大御神は、どのような人なのですか?」
「神界で唯一黒髪の神。幼い女の子の姿で、成人女性の姿を使い分けられているわ。今はそんなに表舞台には出てこないの。先代からの力の継承がうまくいかなくて。」
何やら訳ありなのか。そう言えば力を使い果たして幼子の姿になって代替わりしたって書いてあったな。
「それでは、お世話になりました。」
「こちらこそ。気をつけてね。」




