神との歓談
「これからいくつかの質問をしていくから、全てに正直に答えてね」
にこりと笑う霊姫、その後ろに蛍姫。今日は千姫は別件らしい。
「長は見回りをしている?」
「していません。執政界の監視があるとおっしゃっておりました」
「長は誰か一人と一緒にいることが多い?」
これは全力で頭を回転させて、一番長のところに行くと言っていた人を告げた。
「私には正確にわからないけれど、おそらく清です。それ以外の人とはほぼ交流がなさそうにおもわれます。」
「なにか、汐失踪前後のことを聞いたことがある?」
おばあさま失踪とほぼ同時期は、何かあったかな。
早良に目を向けるとやれやれとちいさく首を振られた。
「江と清が成人し、清が長つきになったのが汐が執政界を出た直後だと伺っております。」
「ほかの五人衆は何かなかった?」
「あまり交流がなかったので、一切。
一度お会いした時、沃からは汐への尊敬だけは感じ取れました。」
蛍姫はあいもかわらず興味なさそうだ。
「あなたの仲間は元人間だったわよね?」
「佑と結ですね。
私の母、汐の娘にあたる汐見が所持していた能力を汐見の死の直前に剥奪し、使用しました。」
そんな能力ありながら使うなというのか。
「警戒しないでちょうだい。あなたを責めるわけではないし、烏姫も黙認どころか公に認めていらっしゃるから。
佑は人ではないと聞いたのだけれど?」
笑って安心させてきながら、結構良くないと思っている発言をしている。とりあえずすぐに処分されないとわかっただけでよしとするべきか。
「死にかけていたところを私が私のおばにあたる汐里から譲渡されていた能力で人形に魂をくくりつけました。」
「長は知っている?」
それには思わず目を見開いた。そして、首を振る。
一度も、五人衆から聞かれたことはない。話しにですらしなかった。扱いこそ良かったけれど、それは沃によるもので一人分の部屋だった。
「いいえ。聞かれたことすら、執政界では一度も」
霊姫はそうと目を伏せた。
「これで今日は終わりよ。ごめんなさいね辛い質問をしてしまって。
わたくしたちにも業務があって、これぐらいの時間しか割けないの。あとは付喪神に任せているから。」
付喪神…?
霊姫と入れ替わりにお菓子を下げに入ってきたのは朱の着物を着て櫛をさした人だった。顔が印象に残らない。
「あなたは?」
「わたくし、ですか?
朱千鳥紋様と千鳥櫛の一揃いの付喪神です。ここに汐凪がいらっしゃる間の世話を天上大御神より仰せつかっております。」
確かによく見ると千鳥紋様だ。
天上大御神は、何を考えているのか。
こちらに来ないのに、付喪神をつけて。
それから数日、同じことの繰り返しだった。
起きて、昼頃に質問をされて、自由時間。
違いと言えば質問に来る人だ。蛍姫だけの時は殺されるのではないかとヒヤヒヤしたほどだが、そのときは質問事項の紙と筆を渡された。
早良は空き時間が暇だったのか付喪神の千鳥に頼んで組紐を教えてもらっている。
私は手持ちの品々の修理だ。
旅道具も持ってきていて、いくつかの楽器や扇子や日用品が壊れていたのだ。修理道具はこれまた千鳥が用意してくれた。
私の小さな琴、早良の琵琶、結の名前のわからない打楽器、佑の鈴。
教養として楽器と詩歌と剣術と舞踊と書画を叩き込まれたので、日常で困ったことはない。
それだけは、早水に感謝している。あと早良をここにとどめてくれたことも。
「早良、なんだか私たちが長を悪者にしている気がする。」
「そもそも答えていることは事実。私たちがしていなくてもいずれ雪姫がしたこと。だから私たちがしていることにはならない。」
片手間に組んでいたため、早良の組みひもは目が飛んで組みなおす羽目になった。
「あなたにとって、長はどのような人?」
「存じません。ただ、私のことを橙の瞳を持つ者と言いました。汐凪でも、汐の孫でもなく。」
それが、私が長に失望したことのひとつ。
長が求めているのは、汐の身代わりであって、私ではない。おばあさまがいたから、私は執政官になった。
「執政界内は、神界との交渉を今清が担当しているらしいけれど、何か聞いている?」
「なにも。巫女とだけ。」
そう考えると清は不思議な人だ。表情も変わらないし……人形だと言っていたな。
「長は、教育中にあなたに会いにきた?」
「いいえ。一度も。江と清以外とは会っていませんでした。早良とも。」
そんなしつもんが延々と続いた。
「こちらに質問したいことはある?いいかげん、たまっているのではない?」
「よろしいのですか?」
霊姫は穏やかに笑ってうなずいてくれた。
「雪姫は今どこにいるのですか?」
「把握はしていないわ。生きているのは確かだけれど」
「封じられたのではない?」
蛍姫がこちらを向かずに言ってきた。
「蛍姫」
「雪姫は直接来られるのに、来ないならこれない事情がるか、来れない状況なのか。封じられたたなら、あり得る」
なおもこちらを見ない。
「蛍姫がごめんなさい。他にはある?」
「早良が執政官になったのはなぜですか?執政官は人であってはならないと伺いました。」
霊姫が渡してきた書物に確かにそう書いてあった。
早良の母は元人間だ。ただの仲間。なのに、神託によって執政官になっている。
「ああ、派生した人物はからだのつくりなどの根本から人間とは違うの。ほんの少しは人間だから寿命は少し短いけれど。過去にもそういう人がいて、執政官になっているわ。咎められたりはしないから、安心して」
理屈がよくわからない……
「祐と結の存在は、そちらではどのように受け取られているのですか?」
「そもそも汐里と汐見に能力が与えられた時点で予想はされていた。それでも封じられなかったのがから、今更よ」
霊姫は、本当にいい人だな。だって正直に教えてくれる。
「早良、なにかある?」
「寿命は、どのくらいなのですか」
「妖怪は半永久。ひとからわすれられない限り。
神は千年から二千年が多いけれど神によっては百年もあるわ。
執政官は五百年ほど。
人間は百のつもりなのだけれど、千姫がいろいろいじって、七十年ほど。
仲間になった元人間は百五十年。元人間から派生した執政官は三百から四百年。」
その、容赦のない4人の寿命差に残酷だと思ってはいけないとわかっているのに思ってしまう。
どう頑張っても、私はひとりになる。
「もちろん個人差があるからきっちりこの限りというわけではないのよ。今日はこれで終わり。また明日ね」




