大遠野国 華木皇国、下
「それでは聞き流してください。清輝殿に二度と悪さをしないようにすること自体は可能です。ですが、それをしてしまうと皇位争いに影響が出るのではないかと、」
露華は迷うことなく首を振った。
「十を超えた頃から、一つの悪いこと、一つの良いことが積み重なって継承順位が出ております。今からの善行が、過去の悪行を帳消しにできるわけではありません。」
さすが、軍事大国。
「この国の皇位継承の仕組みはどうなっているのですか?」
「生まれます。そして十歳までは学力で継承順位が出ます。そのあとはどれだけの善行をしたか、どれだけの悪行をしたか、民からの信頼度などを加味して順位が出ます。
私は座学が少々苦手でして、巫女になるまでは継承順位は下の方でした。けれど巫女になってからは民からの信頼を得る機会が増え、水路を引いたことでこの順位まで上がりました。」
あんなに盤上遊戯が得意なのに。
「それと、母親の地位にも関係してきます。」
ひっくり返して下の方にあった線を一番上に持ってくる。
「一番上に皇后様。この方は大臣や旧家名門のご令嬢、皇室などから選ばれます。第二側室まではこのような方々です。第三、第四側室は貴族であること以外に条件はありません。
私の母は、元上級貴族でしたが没落し母は婢女となり芸妓になりそうなときに側室となりました」
身分制度が厳しいことはよくわかった。
「さらに、上位10名までの皇位継承者はそれぞれ得意分野で争うのです。その様を皇に見せ、最も良い人が次期皇となります」
盤上遊戯で競うのか。あれ、清輝も入らない?
「盤上遊戯をしますか?次は何をなさいます?五目並べですか?白黒返しですか?将棋ですか?軍議ですか?」
多い。そしてなぜいきなり盤上遊戯を始めるのかこの巫女。
と思っていると、興奮していた顔が目の前から消えた。
「露華!」
倒れたのに驚いてとっさに受け止めてしまったけれど、どうしたらよいのかわからない。
「早良、扉にいた女中を呼んできて」
早良はぱたぱたとかけて行った。
「いらないわ」
露華がとめる。
「でも……」
目の前で倒れられた人を見て見ぬふりをするわけにはいかない。
「部屋まで運んで。こんなことは日常茶飯事よ」
それにと露華は目を伏せる。
「私は巫女ですからね」
露華は笑っていた。
露華はそのあと私たちが出発するまで寝込んだままだった。
ときどき盤上遊戯の相手にさせられたが全敗だった。ちなみに早良も結も全敗だった。私が弱いわけではない。
「汐凪が一番強いわね。この国で私の次ぐらいに」
そう、ほめているのかけなしているのかわからない評価をもらった。
「次はどこに行かれるのですか?」
「5年ほど各地を放浪いたします。機械があれば、お相手になりましょう」
何度か出てきてくれたが、そのたびに半日もたたず倒れてしまった。
虚弱にもほどがあるのではないかと思うほどだった。
「露華はどのような様子ですか?」
露華の母親、この国の第四側室という人が出てきて露華を心配していた。
「お会いに行けばよろしいのではないですか?」
「あの子は巫女であり、皇位継承権を持つ子ですから。私など、むしろ損にしかなりません。」
第四側室は悲しげに笑った。
「そんなことはありませんよ。幼い子供にとって、親の存在がどれだけ救いか。どうか、たまには会いに行ってあげて下さい。」
露華の母ははっとしてお辞儀をして去っていった。
「巫女たちに連絡します。定例会の日ですから」
はじめて部屋に入れてもらって、巫女会議を見ることになった。祐と結はお留守番だ。
「あら、お二人は?」
「あの子たちは執政官ではありませんから」
だから、これからもいろいろなところで制約が発生してしまう。
「始めます。」
水を張った鏡に手をかざし、もう一度鏡を見ると、ほかの国の巫女が映っていた。
「お久しぶりです、汐凪さま」
「不思議ね。こんな風に会話ができるなんて」
いくつか雑談をしてから巫女同士の秘密と部屋を追い出された。
「虚弱を治すことは考えないの?」
一回だけ、そう聞いてみた。けれど露華は笑って首を振った。
「権力と信仰が合わさることほど危険なことはないですから。それは、あなた様もご理解なさっておられることでしょう。私が行事を欠席すればそれだけ順位が下がる。私は、何としてでも順位を下げなくてはならないのです。」
巫女でありさえすれば、最低限生存の保証はある。それ以上を求める気はないと、そういった。
「それでいいの?」
露華は笑った。
「さあ、どうでしょうか」
「お母さまからの呼び出しです。汐凪さまとともにくるようにと。」
早良は呼ばれなかったので仕方なく2人で向かう。
はじめて皇宮の中をこんなに歩いた。壁が重厚で、ガラスも厚い。ところどころに王家の紋章が下がっている。
「第四側室さま、第六皇女にして水の巫女、露華です」
「寒国神官、汐凪です」
皇の計らいで、ここでは寒国の神官ということになっている。その方が面倒ごとがすくない。
中は明るく光が差し込んでいた。真ん中の机にはちいさな四歳ぐらいの女の子が座っている。その正面には露華の母が。
「ようこそおいでくださいました。ほら、あいさつなさい」
女の子はぴょんと椅子から降りてぺこりとお辞儀をした。
「第12皇女、木蓮と申します。」
かわいい子……愛された姫君のような雰囲気が強い。この子を見て、露華がどう思ってしまうのか。
露華を見るとにこりと笑っていたが、いつもより楽しくなさそうだった。
「第四側室さま、ご用件は?」
母とは呼ばない。
「露華水巫女様……ここではお母さまとお呼びなさって結構ですよ」
その口調で呼べないだろう。
「無理です、第四側室さま。今も、私の名を呼んではくださらない」
露華は本名ではなかったの。でもそういえば、朝日も巫女名冬火と言っていたな。
「新しい服を仕立てましたから、お渡ししようかと」
そう出してきたのは、流水紋の装束一そろい。
露華は受け取って静かに退出した。
「これを持っていきなさい。巫女殿の紋章よ。」
渡されたのはネックレスだった。花と蔦のきれいなものだ。
「ありがとうございます。私からも、火の巫女から預かったものがあります」
簪を差し出して交換する。これで、この国から立ち去る。
「また、会いましょう」




