大遠野国、華木皇国、上
「どうぞお通りください」
あっさりと国境を越えられて拍子抜けした。
「ゆるいのですね」
「多分違うよ」
結の認識にうなずいてしまいそうになる。でも一応ちがう。
「すみません、巫女に会いに行きたいのですけれど、可能ですか?」
奥で門番と早良が交渉している。それを聞きながら私祐の髪をくくって遊んでいる。結は石を並べている。
「門の管轄が貴族ですのでそこから話を通されるのことです。それまでは神殿の分社に滞在するようにと」
早良、さすがに仕事が早い。頼りになるな。
「じゃあ、移動しようか。結!」
結は石を腕一振りでばらしてこちらにやってきた。
「分社、本当にお社だけなんだね。常駐する想定ではないのかな」
とりあえず人の過ごせる場ではありそう。
「町に行って、巫女の情報を集めよう」
予備知識は必要だ。そうでないとなめられて終わる。
「結たちはお留守番ね。行こう、早良」
結たちはおとなしく社の奥に引っ込んでいった。
「どこに行く?」
「貴族利用がある商人の店」
確かにそれなら高い身分の人の事情も知っているだろう。
「巫女様について聞きたい?あなたたちは旅人ですか?」
「まあそうですね」
早良に丸投げして私は店を見まわす。きれいに整えられていて、清潔感と高級感にあふれている。
「巫女さまは偉大なお人だよ。国に水路を引いてくださった。さすがは皇族様だ」
「巫女さまは皇族であらせられるのですか?」
「ああ、今の巫女様は第六皇女さまだよ。たしか第四側室様のご息女で継承順位は5位のはずだ。」
ややこしい……とりあえず皇族、と。第六皇女で第五位?巫女なことに関係しているのかな。
……危険だな。信仰と結びついた権力ほど危ないものはない。
「どのような方なのですか?」
「あまりわからないな。表舞台にはほとんど出てこられないから。お体が弱いらしい。」
ふーん。それはいいわけかしら。
「ただいま。おとなしくしていた?」
「汐凪、もう赤子じゃないのですよ」
結はにこにこわらっている。ここが帰る場所だと思える。
それが一番の幸せだ。
「お迎えに上がりました。ともに参りましょう、皇居の巫女殿へ」
三日後に迎えられて巫女の元へと向かった。
馬車だ。4人で乗り込んでぼんやりと外を眺めているとふと声を聞きつけた。
「停めてください。降ります!」
叫んでほんの少しだけ飛んで馬車から降りて声の元へ駆ける。
「やめなさい!」
貴族が庶民をいたぶるなど、許されることではない。
「あんた、誰だい?口出しはしてくるものではないぞ」
上品だな……でも、行動は庶民を殴っている。下品も下品。
「やめなさい」
男の人は手を思わずといった風に離した。
「名前は?」
「ふ、俺の名も知らないとは。第三皇子、清輝だ」
私は顔をゆがめる。憐れむように、見下すように。
「この国の皇子がこのような人とは、哀れなこと。」
「なんだと!」
皇子、清輝は私に向かって手を上げた。
私はそれを避けない。殴られてもいいし、どうとでもできる。それより……
「おい、何している!」
振り向くと早良たちと、大柄な男の人が立っていた。
「兄上……」
清輝はぼんやりとしている。そして兄上ということは皇子か。
「その方から手を放せ。何があったのだ?」
「この者が狼藉を加えてきたのです。」
いや、どこをどう解釈したらそうなるのよ。
「申し開きをしてもよろしいでしょうか」
許すといわれて顔を上げる。大きな人で少し怖い。
「汐凪と申します。この方はこちらの倒れている方に暴力を振るわれておりましたので止めに入らせていただきました。お疑いになるのでしたらそちらの早良や町の人に聞けば教えていただけると思います。」
「まさか。寒国の神官様をお疑いはいたしませんよ」
そういう立場になっていたのか。清輝が青ざめている。
「感謝いたします。それでは一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
大柄な皇子は大きくうなずいた。
「巫女に会わせていただきたいです。」
「直接皇に会いに行けばよろしかったのではないですか?」
「巫女に会うのも大事なことよ。」
早良は隣で文句を垂れてくる。いきなりの謁見は無理だろう。それより巫女つながりがあった方がいい。
「こちらになります」
巫女って離れに置かれる場合が多いのかしら……なぜいつも離れに押し込められているのか。
「ありがとうございます。」
中に入るとふわりと軽い香の香りが漂ってきた。御簾を下ろしたところに、なぜか囲碁が置いてある。
「お待ちしておりました、執政官さま。手始めに、囲碁をしましょう」
なぜに囲碁。しかしすすめられたからにはやってやろうじゃない。ここで言ってくるということは、巫女は相当腕に自信があるのだろう。
「負けです」
勝敗はつかず最後まで打って、石の数で負けた。巫女、すっごく強い。
「初めて。私にここまでの勝負をさせた人は。歓迎します、執政官さま」
御簾から出てきたのは、肩から袖のない羽織をかけた人だった。
「私は露華ともうします。華木皇国の第四側室の娘の第六皇女にして継承順位第五位です。」
「執政官第六位及び第一位代理、汐凪と申します。」
「執政官第七位早良と申します。」
続いて祐と結も挨拶をした。
「ああ、清輝殿と柚木殿ですね。清輝殿は第三側室の息子で第4皇子、継承順位は7位です。柚木殿は同胞の第2皇子、継承順位は3位です。」
先ほどの出来事を話すと露華はにこにこして教えてくれた。
「それなら、近いうちに陛下からお呼びがかかると思いますよ。感謝だとか何とか言って。」
とても手間が省けた。たまたま皇子でたすかった。
「お二人はどのような方なのですか?」
「そうですね……私は同胞ではないのでほとんど交流はないのでどこまで正確かはわかりませんよ。
清輝殿は身分を笠に着て大威張りなさるので継承順位は大きく下になっております。陛下は臣籍降下もお考えです。
柚木殿はそのお人柄と騎士団長補佐という役職から次の世代の中核を担うものとして期待されております」
なんとなく想像がつく。
「寒国の神官様」
外から声がした。開けると女性使用人が座っている。
「陛下がお呼びです。巫女様とご一緒にと」
「陛下が?申しわけありません。向かいましょう。」
「はい」
皇陛下は、御簾で顔を隠していた。身分高い人だからかな。
「寒国の神官よ」
「陛下、それは違います。」
即座に露華が否定する。顔にはヴェールを垂らしている。この人、姿形が美しい分どんな格好をしても美しいな。
「この方達は執政官であらせられます。神官と同じ扱いをされぬよう。」
陛下はしばらく黙って、立ち上がってこちらにやってきた。
「ご無礼をお許しください」
突然膝をついた皇に、驚くなという方が無理だ。幸い私の表情は動かないようにできていたが、周りの人が驚いている。
「構いません。身分を隠してこちらにやってきたのはわたくしたちのほうなのですから」
皇はなおしゃがんだままだ。そういえば、私って結構背が近い方なのだった。普通の男性より頭ひとつ分小さい。
「どうぞ、お立ちください。よろしければ皆で座りませんか?周りの方々がお困りです」
そうして、六人での茶会が急遽設けられた。
「この度は民を救っていただき感謝いたします。」
「それが執政官ですので、感謝される筋合いはございません」
それよりお茶が美味しい。お茶って結構降水量がないと育たないのではなかったっけ。
「それでも、でございます。あのようなものが皇子であること、恥ずかしい限りです」
大の大人にこんなことを言われるのはまだ慣れない。
「ここで何かを申せばあなた方にとっては全て神託になりますので、口出しは控えさせていただきます」
早良から遠回しに余計なことを言うなと言われてしまっている。
そんなヘマしないのに。
「そうですか。では、身分と権力のある暑苦しい大人は退出いたします。この部屋をお貸しいたしますので、ご自由にお使いください。」
やはり争いを勝ち抜いただけある。しっかりして、強い人だ。
「陛下が失礼をいたしました。」
「露華さま、」
露華はニコニコ笑っている。水で跳ねる魚のような人だ。
「私にさまなどつけないでくださいませ。私なら、聞き流すこともできますよ」
どの国でも巫女は別格の人格を持っている。そういう人だからなのだろうか。




