大遠野国、寒国 下
わたしは巫女。
わたしはみんなのあこがれ。
そこから少しでもそれることは、あってはならない。
あの時から、わたしの心は巫女にとらわれている。
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「ようこそおいでくださいました巫女様……そちらの人たちは?おおよそこの場には相応しくない装いに見えますが」
一言でいえば胡散臭く、背が小さくてにたりと笑う感じの悪い人だ。
「佞木、わきまえよ。彼女たちは執政官であるぞ。いくら佞木が寒国で最も広い領地を治める者の腹心と言えど、許されることではない。」
冬火の厳しい言葉に佞木が引っ込んでいった。
「さあ、巫女様こちらへ」
「ありがとう。汐凪様もこちらへ」
冬火に導かれ、上座の席に座った。高級な椅子だ。でも金属ではない。そこに雪国らしさが出ている。
「それでは豪族長会議を始めましょう。その前に、わたくしたちの元に来てくださった方々にご挨拶願いたいのですが、よろしいですか?」
ありがたい冬火の振りに甘えて、それぞれ挨拶をした。
……結が佑の紹介までするとは思わなかったけれど。変な人だと思われたよね、絶対。
「それでは、報告を初めて下さい」
ここは冬火が仕切っているので、とりあえず報告は聞き流しすことにした。
「それでは食事会といたしましょう。」
豪族長たちがそれぞれの席で食事をとる。スープだ。中にはいろいろな食材が入っていて、おいしかった。
周りでは豪族長たちが婚姻や食料についての交渉をしている。
冬火は他人事で布にくるまって腕だけ出してぼんやりしている。
「巫女様、わが領に火をお分けください。」
きりっとした女の人だ。女性は高いたちばになれない地域が多いのに、ここではなれるのか。
「この間全員にお渡しいたしました。次回までお待ちください。」
冬火も容赦がない。さすが巫女。
「執政官様、ぜひともわが領におとどまりいただきたく存じます。」
佞木だ。やっぱり滑稽な見た目をしている。
「ありがたいお話ですが、お断りさせていただきます。」
「お言葉ですが、神殿に滞在なさってもなにも得られないかと存じます。わが領は雪族の集落を管轄しております」
雪族……
統一王朝時代に従いつつ力を貯め反乱を起こし、戦乱時代20年を経て寒国を成立させた一族。
今は山間に集落を作って暮らしているはずだ。
「神殿を侮辱するべきではない。この世で巫女がどれだけ高い地位にいるか、あなたは知らないであろう。」
佞木はぐにゃりと顔をゆがめた。
後ろから大柄な人が歩いてきた。
「執政官様、申し訳ありません。使用人がご迷惑をおかけいたしました」
いざとなればこの人たちぐらい、たった一言だ。
「巫女をけっして裏切らないように」
「早良。」
早速やらかしている。もう、そんなにほいほい力を使わないでよ。
「早良が失礼いたしました。どうぞお戻りください」
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「あなたは次代の巫女です」
そう言われて、幼いころに神殿に入れられた。
先代は基本何もしなかった。だから私は幼いころから巫女だった。
お母さまとお父さまは会いに来てくれていたが、そういう問題ではなかった。
いつも巫女として心が縛られている。
巫女として、少しでも隙を見せるのは命取りになったから。
みんながすり寄ってくる。ただひたすらに、気持ち悪い。
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城下町のお店に再び行った。人のにぎやかさがさらに増している。
「今気がついたけれど、私たちお金持ってないね」
「あ……」
冬火が苦笑して建て替えてくれた。ついでに氷菓子も買ってくれた。
結は跳んで喜んでいた。
「執政官がこの地に来てくださったのは先代のとき以来実に三十年ぶりなのです。」
本当に執政界って欠員なのだな…
「あの、もう出掛けられますか?」
「はい。各地を巡らないとですから。次は招光帝国に行くつもりです。」
光の巫女の地、招光帝国。
冬火はパタパタと奥に入って、細工屋のおばさんからもらっていた袋を持ってきた。
「これを託してもよろしいですか?他の二国の巫女と、あなたたちに。」
差し出してきたのはシンプルだが素材が上等な簪四つと素朴ながら鈴がついたものが二つだった。
「こちらを差し上げます。」
冬火が私に差し出してきたのはほんのり真ん中が橙の硝子の中にキラキラしたものが入れ込まれた飾りが下がっているものだった。これだけ柄が金属だ。
「これがあなた方を守ることになりましょう。残りの二つを、光の巫女と水の巫女に。よろしくお願いします。」
冬火は、決して巫女殿を出ることなく私たちを見送った。




