大遠野国、寒国 上
「初めはどこにいくのですか?」
「えっと、大遠野国。ちょうど寒国の豪族の集会があるから、そこで挨拶するのと、ほかの招光帝国と華木皇国の長たちに挨拶に行く。あとは、見回りとかだね」
あんまり行ったことがないところで、事前情報もそんなにない。
「この際ですから、結たちに向かう国についてお教えいたしたらいかがですか?」
早良の提案にもっともだと思って馬車に乗った。
「転移しないのですか?」
「転移先に人がいると面倒だからね。ギリギリまで行って、境界を越えるだけ超えてまた移動。」
前それでトラブルになってしまったから、気をつけないと。
「まず大遠野国の概要について。
一番大きく殺伐としている地。今は三つの国に分かれていて、それぞれに足りないものとそれを補う巫女が存在する。
寒国は暖かさがない国。北部辺境山脈に接していて、一年のうち七ヶ月が吹雪と寒さに閉ざされるところよ。いくつかの領に分かれていて、それぞれを豪族が支配している。自由な国よ。ただ、農作物は育たない。工芸品が綺麗なところだと、おばさまが言ってた。
招光帝国は光がない国。皇帝と宰相が治めている。農作物を輸入して、水を輸出している。
最後は華木皇国。水がない国。王が治めていて、皇位継承が結構熾烈だったはず。確か今は水路を引いて結構豊かになっている。農作物の輸出をしているわ。身分差が大きくて、軍隊が強い。」
私、よくここまで覚えたものだな……改めて、一国あたりが半端じゃない。
「なぜこんなにも重要なものが足りないのですか?」
「大厄災のせいですね。そのときに能力者はいなくなり足りないものができたと言われております。」
大厄災……各地でいろいろな呼び方をされていて統一してくれと叫びたくなるが、一番最近の大きな出来事だ。
各地での影響は今も根強い。
「寒国の工芸品を買ってもいいですか?」
「行こう。あ、でも大丈夫かな……」
結は首を傾げた。何せ、寒国は今冬なのだから…………
「よかったついた…………」
「よくないです!吹雪の真っ只中!」
とにかく寒い。とりあえず私の結界の中に入って風は防いでいるがこのままここにいると命取りだ。移動しないと。でも前も後ろも見えない。あー、こういうときに使える力があればな。
「こんにちは」
声をかけてきたのは女の子だった。一枚の布を巻き付けたような羽織を羽織っている。頭にも被れる形だ。足は裸足で足首には飾りがついていて白い肌の上で揺れている。
肌の白さ、目の黒さ、髪の黒さの美しさに見惚れてしまう。どこをとっても、ここには不似合いな子だった。
「瞳一族の方ですか?どうぞこちらへ。」
なぜわかったのかは謎だが、とにかくここから抜け出さないと何も始まらない。大人しくついて行くことにした。
「改めまして。わたくしは冬火、この寒国の火の巫女をしているものです。」
そうかからずに到着したのは塔だった。とは言っても3階建てだが。中では火が煌々と燃えていて、暖かい。
出されたお茶も温かい。この子が火の巫女というのならそれにも納得だ。
「お助けいただき感謝いたします。執政官第六位及び第一位代理の汐凪と申します。こちらは私の補佐の結、人形の佑と執政官第七位の早良でございます」
「礼を言われることではありません。父より執政官の方が来られるはずだから結界の見回りを強化しろと言われまして、見回りをしていただけでございます。」
彼女はおとなしくておっとりとした気質だが、どこか油断できない光のある目をしている。
「この辺りで豪族長の会議が行われると聞き、参加したいのですが……」
「承知しております。父は豪族長であり、先ほど連絡しましたからこの吹雪さえ止めばすぐに来られることでしょう。」
それまではお留まりくださいと言われれば、そうするほかない。というより、外に出るのは自殺行為だ。
「吹雪が三日もやまないですね」
「冬ですから。この辺りでは冬は基本外には出られないのです。」
だから工芸品が発達したのか……そんな背景があったとは。
「冬火様は初日、裸足で歩いておられましたよね。凍傷にならないのですか?」
「早良様、わたくしのような一能力者に敬語をお使いにならなくても結構です。暖かさを司る火の巫女ですからそれぐらいは容易です。」
吹雪はまだ続いている。窓の外は白一色だ。
「これほどまでに景色が変わらないと気が狂いそうになりますね。」
「この辺りはまだまだです。さらに山の方に向かいますと、冬に嵐が止むことはございません。」
寒国の状況が思ったより過酷だった。やはり聞くのと足を運ぶのは違うな。
「どれくらいここにいることになると思われますか?」
「そうですね……長くて二週間ほどでしょうか。」
もう気が狂いそうだ……
「思っていたより早くに止みましたね」
外は昨日までの吹雪が嘘のように青空が広がっている。
「そうですね。人形様、沈んでおられますよ」
「佑です」
結と冬火が仲良くなっている。佑は初めての雪に興奮してサクサクと歩いて行って雪に埋もれている。冷たさを感じない体も考えものだな……
「この国での巫女は、唯一人々全てが信仰する存在です。国王と遜色ありません」
早良が囁いてくる。
わかっている、そんなこと。
「嵐が止んでいる間に豪族長会議の会場まで向かいましょう。もう一度吹雪くと面倒ですから。」
詰める荷物は少なかった。ほとんど使っていないのもある。
「向かいましょうか。」
「今更ではありますが、豪族長会議の会場はどちらですか?」
冬火はフードを被り直して歩き始める。
「統一王国時代の辺境伯がおられた屋敷になります。名を、雪城と。」
統一王国時代は、大遠野国が九国に分かれて争っていた時に大遠野国を統一したところだ。たしか五百年ほど続いて滅んでいる。
「そうなの。どうやって行くのですか?」
「歩きです」
うん、まあ装備的に歩きだろうとは思っていた。馬車はいつ吹雪くかわからないし……
「ご心配なさらなくても、ここから雪城までは街ですから。きっと晴れ間を見てたくさんの人が買い物に出てきておりますよ」
冬火はくすくすと笑った。初めて見る笑いだ。とても綺麗で見惚れてしまう。雪に当たった光が跳ね返って冬火を照らしているようだ。
冬火の言った通り、道はとても賑やかだった。昨日までの吹雪がむしろ信じられない。
「巫女様!これはいかがですか?」
「巫女様のおかげで今年も凍えずにすみます!」
道ゆく人々が冬火に話しかけている。それもそのはず、裸足で歩く人なんてそうそういない。一目で巫女だとわかる。
「ありがとう、また今度いただくわ。」
「また足りなくなれば神殿へおいでくださいね」
一つ一つに丁寧に対応して、ずいぶん時間をかけて雪城あたりにたどり着いた。
「ねえ、あの子……」
「孤児院の子供です。神殿管轄の孤児院が国に五つほどありますし、他にも私営の孤児院が多くあります。」
まあ、路上孤児なら吹雪でとっくに死んでしまっている。そうでないということは、行き届いているのだろう。冬火が偉大だ……
「巫女様、見ていかないかい?この冬に作った新作だよ!」
街路外れにある小さな工芸品屋さん。中には水晶のかざりや繊細な模様のレース、紐飾りもある。
おばさまが言っていたのはこういうものなのか……
「ありがとう。少し見させていただきます」
冬火が足を止めたのでこれ幸いと眺める。
「これは?」
「ああ、蛍火石の飾りだね。暗いところで光るよ。寒国の特産品だ」
それは、黄色と青の程よく混ざった色をした飾りだった。おばさまによく似合いそう。
その下には夜のような濃い青の宝石に銀の柄の簪。
「どちらにしようか……」
「おばさん、これとこれ、それと櫛を同じもの4つと形違いで3つ取り置きしておいてもらえる?」
「あいよ」
冬火が頼んで、雪城に入った。
さあ、始めましょう!




