人形たち、みんなの役割 下 江
『とうして、そこにいるの?』
あの子の質問が頭から離れない。
なぜここにいるのか?そんなのわからない。
わかるはずがない。
目標なんて、はるか昔に忘れてしまった。
私はいなくてもいい存在だった。
能力もそれほど使えるものではなくて、芸に秀でてもいなくて、他の人で仕事は回っていて。
「江、それを気にするのは貴方が未熟な証拠だ。気にしなくても良い。貴方は少なくとも、長に必要と思われて生まれてきたのだから。」
そう言ってくれたのは姉様だった。その隣にはすやすや眠る汐里がいた。
結局私は一番ではない。必要ではない。それがわかっただけだった。
「僕には、江がいればそれでいいんです」
そう言ってくれた男の子がいた。執政界を通りかかる商人の見習いで、たまに話しかけにきてくれていた。
私が初めて必要とされた瞬間だった。
「私でいいの?」
「僕は江だから言っているんですよ」
それから二人で逢瀬を重ねた。
生まれて初めて私を必要としてくれた人。全身全霊をかけて、私を愛してくれた人。
たくさんの初めてをくれた。外を教えてくれた。簪を贈られて、幸せだった。
「江、あなた男性と会っているのだな」
姉さまがそう言ってきた。何を言われるのかと身構えたが姉さまは笑って手を振った。
「咎めたりはせぬ。長に気づかれるようにな。どのような人なのだ?」
「私を必要だと言ってくれる。いつか仲間になりたいな……」
姉さまは笑っていた。
けれど、長にばれてしまった。
「江……そなた、人間の男と会っておるそうだな。泊が教えてくれたぞ。なんということをしてくれたのだ!」
そして、その人は捕えられた。
「違います!私が勝手に会いに行っていたのです!あの人は悪くありません!」
長は私に向かって哀れだと言って、可哀想に騙されたのだろうと慰めて、処刑を命じた。
私の部屋の庭でその人は首を落とされた。
下手な人だったから何度も何度も刃が降ろされて、痛かっただろう。血が吹き出して、力尽きて。それでも、最後の最後に私に手を伸ばしてくれた。
長は絶命するのを見届けて、死骸を転がした。
私は人が去ってから、彼の顔に触れた。
ああ、初めて貴方に触れられた。
「ねえ、貴方の名前は何?」
私は貴方の名前を知らないの。貴方が何に喜ぶか、何に泣くか、何も知らない。
ねえ、私は何か悪いことをしたの?ただ、必要とされたかった。役割が欲しかった。私は誰かのいちばんになりたかった。
それが、目の前で奪われてしまった。
「どうして……」
涙が溢れる。貴方の血で濡れた地面に、私の涙が染み込む。
「どうして、何も守れないのでしょう」
ただ、貴方との幸せを守りたかった。貴方に生きていて欲しかった。
それだけの願いが、どうして叶わないのか。
部屋の土はそれから替えていない。
汐凪から、姉さまの娘、汐凪の母である汐見には繫栄能力があったのだと教えられた。
かつて私が姉さまに願った、仲間を作るための力。
それを姉さまがわが子に宿した。それが何を意味するのか、私は考えたくなかった。
失望した執政界に、私の望むものがあったかもしれないなんて、考える気力もわかなかった。
どうしてここにいるのかなんて、わかるはずがない。
誰にも必要とされなかった結果がこれだ。
清の役割は人形だ。ただ姉様の身代わり。それでも、長に必要とされている。
なのに、私は……
「江、気にしている?」
「なにを?」
清は姉さまそっくりにやさしく笑う。
「なぜここにいるのか」
清は、何を考えているのかわからない。なぜこの立場に甘んじているのか。本来なら……
「意味がないことない。あるわけがない。わたくしの正体を知っているのは、ここでは江だけだから。いなければ、ずっと隠すしかなかった。だからわたくしにとってあなたは救い」
清はそういって去っていった。
部屋の土は、もう入れ替えてもいいかもしれない。もういい加減、一区切り付けるべきだろうし。
頭の上を紙人形が飛んでいく。ひとつの桜の花を落としていった。
あの子たちの行く先に、私がいればいいと思う。
それがかなえられるかどうかはわからないけれど。




