第28話:扉の先に待つもの
書斎の奥にある小さな扉が、ゆっくりと開かれたまま、静かに軋んだ音を立てて止まった。中から漏れるのは、ほの暗い青白い光と、ひやりとする冷気。
アキラは無意識に『影切』を持つ手に力を込める。
「……この奥、何かが“ある”わね」
リリスが低く呟く。彼女の目には緊張と、そしてどこか覚悟のような光が宿っていた。
ハロルドはすでに前進の構えを取り、アキラとリリスに軽く顎をしゃくった。「私が先導します。二人とも、後に続いてください」
「了解……って、こわっ!」
アキラは思わず身をすくめた。奥から吹き付ける冷風が、まるで亡霊の吐息のようで、皮膚の奥にまで染み込んでくるような錯覚を覚える。
「……これ、マジでゲームとかラノベならボス部屋じゃない?」
「何を言ってるの。あんたが一番前よ?」リリスがにやりと笑った。
「理不尽っ!現実もゲームも、教育係に優しくないんですね!」
そんな軽口を交わしつつも、三人は慎重に奥の部屋へと足を踏み入れる。
室内は、薄青い結晶体が壁に沿って配置されており、淡く光を放っていた。空間全体が異様に静まり返り、まるで外界から完全に遮断された異空間のようだった。
中央には、円形の魔法陣が刻まれた台座。そこに、血のように赤黒い宝玉が浮かんでいた。
「……これは……」
リリスがゆっくりと近づき、目を細める。「この魔法陣……古代の封印術式ね。私の知識でも一部しか読み取れないわ」
「これは“封印”の核です」ハロルドが静かに言った。「この屋敷の地下は、おそらく何かを“封じる”ために造られた構造です。先ほどの書物にあった『血の継承』という言葉……。これは、クラウゼル家が封印の維持に関わってきた証拠かと」
アキラは額に汗を浮かべながら、台座を見つめた。「ってことは……この屋敷、ただの貴族の拠点じゃなかったってことか」
「……この“何か”が目覚めたら、ただ事じゃ済まないかもしれないわ」
リリスの言葉に、場の空気が張り詰める。
「しかし封印はまだ維持されているようです。問題は……誰かが、これを解除しようとしている形跡があるということです」
ハロルドが魔法陣の周囲にある、焦げ跡のような痕を指差した。「外部から魔術で干渉した跡です。未遂に終わっていますが、強力な魔力を持つ者の仕業でしょう」
「それって……この王都内に、そういう魔術師がいるってこと?」
アキラが尋ねると、リリスはゆっくりとうなずいた。「ええ。しかも、クラウゼル家の内情やこの地下構造を知っている者……限られているわ」
(情報が漏れてる……いや、もしかして内通者が?)
アキラは喉の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。
その時だった。
「――おや、ようやくここまで来たか」
どこからともなく響く声。室内に人影はないのに、声だけが壁を這うようにして三人の耳に届いた。
「誰だ!? 姿を見せろ!」
ハロルドが剣を構えて声を張る。
「……名乗るほどの者ではない……」
青白い結晶の光が、一瞬だけ赤く染まり、その中心にゆらりと“影”が浮かび上がった――。
それは人の姿をしていたが、輪郭がぼやけ、視線を合わせるだけで頭痛を引き起こしそうな異質な存在だった。
「君たちが踏み込んだのは、冥府の領域。クラウゼルの血など、今となっては何の価値も持たぬ……」
影の声は低く、囁くようだったが、確実に意思を持っていた。
「……アキラ様、リリス様、下がってください」
ハロルドが二人を庇うように立ちふさがる。その背中を見ながら、アキラは再び強く剣を握った。
(なんで俺、異世界でこんなオカルト展開に巻き込まれてるんだ……いや、でも、今は逃げられない)
地下に、再び冷たい風が吹き込んだ――。




