第2話: 悪役令嬢リリスの真実
「さて、教育係さん。あなたの手腕、見せてもらおうじゃない。」
豪華なドレスをまとったリリスは、玉座のような椅子に深々と腰掛け、挑戦的な笑みを浮かべた。その姿にアキラは思わず息を呑む。
(見た目は完璧なお嬢様だな…。でも、この性格がクセ者ってことか?)
「えっと…その、よろしくお願いします。」
アキラはぎこちなく頭を下げたが、リリスの返事は予想通り冷たかった。
「挨拶は結構よ。それより、あなたには何ができるのかしら?」
「何ができるかって言われても…。正直、教育係なんてやったことないんですけど。」
「はぁ? 教育係をやったことがない人間が、私の教育係を務めるっていうの?」
リリスの目がさらに鋭くなる。アキラは内心焦ったが、ここで怯むわけにはいかない。
「確かに経験はないですけど、俺だって社会で揉まれてきたんです。ブラック企業で培った、理不尽に耐えるスキルには自信がありますから!」
その言葉にリリスは眉をひそめ、やや驚いたように問い返した。
「ブラック企業? それは何かしら?」
「えっと…まあ、長時間労働と理不尽な要求が日常の職場ですね。要するに、適応力だけは鍛えられたってことです。」
リリスは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにふっとため息をついた。
「…なんだか、やる気があるのかないのか分からないわ。でも、まあいいわ。すぐに辞めていく教育係ばかりだったし、あなたもその一人だと思ってる。でも…少しだけ、ほんの少しだけ期待してあげる。」
(期待してあげるって、随分上から目線だけど…。まあ、とりあえずクビにはならなさそうだな。)
アキラは胸をなでおろしつつ、心の中でブラック企業時代の自分に感謝するのだった。
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初日から仕事の洗礼を受けるアキラ。リリスの「教育」と称した要求は予想以上に厄介だった。
「アキラ、紅茶がぬるいわ!」
「アキラ、この書類、字が汚すぎる!」
「アキラ、もっと早く動きなさい!」
次々と飛んでくる無理難題に、アキラは心の中で叫ぶ。
(俺って教育係じゃなくて、ただの執事じゃないか!?)
昼食の時間になり、豪華な食堂に案内されたアキラは、ようやく一息つけるかと思った。しかし、そこでもリリスの言動は止まらない。
「アキラ、このスープの味、どう思う?」
「え、普通に美味しいですけど。」
「ダメね。あなたの舌では私にふさわしい料理かどうか判断できないわ。」
(知らんがな!そんな舌センサーなんて俺には搭載されてねえよ!)
アキラは頭を抱えそうになるが、なんとか気を取り直す。
「リリス様、少し質問してもいいですか?」
「質問? まあ、いいわよ。何かしら?」
「リリス様が教育係を必要としている理由って、具体的には何ですか?」
その問いに、リリスは一瞬言葉を詰まらせた。その後、視線を逸らしながら答える。
「私には…その…婚約者がいるの。公爵家の娘として、ふさわしい振る舞いを学ばなければならないのよ。」
(婚約者? ああ、よくある設定か。でも、なんか話し方がぎこちないな…。)
アキラはリリスの様子に違和感を覚えたが、それ以上は踏み込めなかった。
彼女の表情には、何か隠し事をしているような曖昧さがあった。
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その夜、アキラは広い客間で一人、これまでの出来事を振り返っていた。金色のシャンデリアが天井から輝き、ふかふかのベッドが彼を迎える。
「豪華な部屋だな…。でも、なんか落ち着かない。」
思い返せば、この世界に来てから目まぐるしい一日だった。教育係という役目を押し付けられ、悪役令嬢に振り回され、挙句の果てには婚約者がどうとかいう話まで…。アキラは溜息をつきながら天井を見上げる。
「俺にできることなんてあるのかな?…いや、弱音を吐いてる場合じゃない。」
ふと、リリスがふいに見せた寂しげな表情が脳裏に蘇った。あの高飛車な態度の裏には、何か理由があるのだろうか?
「…明日は、もう少しリリスとちゃんと話してみよう。」