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波打ち際にあがる花火~和美との約束~

十四日、絶対だよ」

和美の声がどこか遠くで聞こえたようだった。

毅は一瞬にして和美との時間に引き戻された。


「ね、花火、行くでしょ」

「ん?」

「もう今年であの花火を見られるのも最後だね」


七月十四日に浜で打ち上げられる花火は、規模こそ小さいが、本格的な夏の訪れを告げる地元の行事として長年親しまれ、多くの人を集める。普段は人気の少ない浜は家族連れ、カップル、友達同士で連れ添う中高生でいっぱいになった。夜の浜に打ち付ける波の音を聞きながら見る花火が和美は好きだった。もちろん高岡高の恋人同士は連れ添って見に行くのが恒例であり、そのイベントに恋人と参加するのが彼らの間では一つのステイタスでもあった。


 毅は和美の求めるような視線に少し疎ましさを感じながら、廊下の窓から見えるグランドに目を移した。校内でも目立ってしまうほど花のある和美が自分の横にこうして自分に話しかけていることを別の世界で起きていることのように感じることが時々あった。毅は和美に、他の高校生が恋人にそうしているようには接することができない。自分が入学式の時に一目惚れしたことすらもまだ話していない。自分の本当の胸の内を話すと、この恋人はまた別世界に戻っていってしまうのではないか。毅はふとした時に和美が自分を置いてどこかへ行ってしまう後姿を思い浮かべてしまうのであった。


 毅はグランドを駆ける和美を見ていた。入学からの一年間ずっと。

春、夏、秋、冬、どんな時も彼女は爽やかな風を身にまとってセカンドを守る毅の前を通り過ぎていった。手を出せば触れられる距離が、自分と彼女との本当の距離を思うと切なく膨らみかけた毅の胸は急にしぼんだ。走者たちの走るトラックの第三コーナーが、毅の守るセカンドの守備位置のすぐ前を通る。ノックを受けている最中も陸上部の生徒たちが走りこんでくる時だけ毅たちは待機して目の前を横切るランナー達を見送る。その間も毅は右側から集団の先頭を走ってくる和美を誰からも悟られないように見ていた。和美のすねが陽光を反射させて白く光った。その眩しさがまた、毅の心にさざなみを立てる。和美の目は、毅がまだ知らない目的地を見据えているように思えて、毅は自分の恋心の無謀さに、束の間全身の力が何物かに吸い取られてしまうのであった。


 ずっと恋焦がれていたすぐ横にいる人の横顔を直視することもまだ毅にはできないことであった。二人がいる校舎の屋上から、下に広がる砂浜が見渡せた。海も砂浜も、すでに夏の色をしている。この浜で上がる花火を去年は二人で見た。和美とともに浜から見上げる花火よりも先に、球場を行進する自分たちの姿が浮かんだ。


「毅くん」


「ん?」


「私のこと、嫌いにならないでね」


 そんなことあるはずがない、毅はそう言いたかったが、何故かその一言が言えず、その言葉の後に続けなければならないどれほど和美を想っているかを伝えるはずの言葉は彼の胸は出たものの口から出て行かずに喉の奥につっかえた。


「なんで?」


息苦しくなり、彼は彼女を一瞥した後、砂浜に打ち付けられる白い波をじっと見ているだけだった。その日、毅は無性に浜に打ち上げる波に心が惹かれた。無個性に見える波の面も、それぞれの終わりに近い浜辺に辿り着くまでには、遠い沖合いで、嵐あり、暴風雨あり、また逆に無風の凪ぎもありと、波乱万丈の過程があったのだろう。きっとその過程は人の人生に似てどれ一つ同じものはないのだろう。そして、どんなに辿り方をしても終わりに浜辺に着くというのも人の一生が死をもって終るのに似ている気がした。


その波の一つ一つが、今、目の前で終っていく。目の前で無限に繰り返される終わりを、見届けている者として毅は自分を意識した。


 自分の体のどこか奥のほうに、その波の一つ一つの最後に見せる波しぶきの音と響き合う音叉を隠しているのではないかと誰にも告げずに思うだけだった。


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