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功治、片腕の投手との出会う

七月十四日


 功治は数日前から始まった下痢にまだ悩まされていた。球場のライトスタンドの裏で高岡高野球部は昼食を済ませ、ウォームアップを始めている。功治はストレッチを途中で抜けてトイレを探していた。紙が切れているトイレばかりで、便意を堪えてトイレをいくつも渡り歩いていた。やっとのことで、個室に紙を備えたトイレを見つけ、駆け込んだ。


 ちょうど球場の反対側まで来てしまったようで、トイレから出た功治はウォームアップを始めた清水南高の選手達の脇を通って戻らなければならなかった。


 身体を温めている野手達から少し離れた場所に大きな木の下にベンチがあり、そこに清水南のエース番号をつけた細い背中が見える。


「君の事は友達から聞いたことがあったんだな」


 そう後ろから話しかけられて、片腕のエースは眩しそうに功治を見上げた。痛いほどに強く照りつける日光は、鬱蒼と茂った緑の葉に遮られ、木漏れ日はきらきらと輝いて、功治にはたくさんの瞬く星に見え、プラネタリウムで見上げた暗い星を思い出した。


「新町中でしょ?」


「そうだけど」


「中学の時に、そいつが練習試合で対戦したんだって、君とな」


「そう」


「右腕一本でセンターに大きな当たりを飛ばしたって驚いてたな」


功治は、風に揺れる無数の葉から漏れるきらきらした陽光を見上げながら、ずり落ちてもいない眼鏡を、中指で押し上げた。


「そう」


「中学からピッチャーだったの?」


「いや、中学まではずっと外野手だったけど」


「なんで、高校でピッチャーに転向したんだ?」


「監督の指示だよ。『球筋がいい』って、初めて言われたんだ。ごめん。もうアップしないとなんで・・・・・・」


涼しげにそう言うと、すくっと立って、音も立てず走っていった。


その表情と身のこなしを見て、功治は『バント攻撃も有効』としていた偵察チームの分析は誤りだと思った。確かに片腕というハンディはあるものの足腰が強くしなやかで素早いフィールディングができると功治には見えた。想像以上に面倒な試合になりそうな予感が功治の胸で渦巻き始めた。


 試合は午後一時から始まった。その日の授業は午前中だけで、その時刻には三年生のほとんどは、受験勉強を放り出して応援スタンドに陣取っている。試合が始まる前から既に一塁側の内野スタンドに席を取って座ったり歩き回ったり試合前の興奮を持て余しているようだ。


創部以来初の甲子園出場のチャンスと地元紙にその名が躍ってからは、高岡高グランドで行われる休日の練習試合や放課後の練習にさえも見物にやってくる地元住民が絶えなかった。いつもはサッカー部ばかりが注目を集める運動部の中で野球部が脚光を浴びるのは功治の知る限り、初めてだった。


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