古泉と毅 ~放浪~
毅の上に跨った女の動きは少しずつ勢いを増していく。名前も歳も分からないこの女とは今日で四回目だった。一回目が三日前だったか四日前だったか、それより前だったか、記憶は定かではない。
頭から腹までが高熱に犯されているように熱かった。不思議と太腿から下が冷たくて、足先は感覚が利かないほどに冷たい。
熟れて朽ちそうな女の性器に、自分の性器が飲み込まれているのを毅は見ている。女が小刻みに体を揺らす。しばらくすると、腰を浮かして勢いをつけて毅をすり潰すように前後に腰を振る。小さな毅の体は、ベッドに沈みこむ。快楽を呼ぶ動きを繰り返す度に、染み出してくる女の粘液が二人の性器に絡んで音を立てる。
ひんやりとしていた女の体が、次第に熱くなっていくのが感じられ、女の口から吐き出される息に、堪えるような声が混じり始める。
女の体内で自分の性器が締め付けられたりほどかれたりするのが毅には分かった。何人もの女の身体を、毅はほんの一週間のうちに知った。その誰もが同じ身体は無く、毅の身体もまた違った反応をした。そして、一枚ずつページをめくるように、一つずつ新しい何かを知っていった。
古泉の連れてくる素性の知れない女と寝る。新しい女も、知った女もいるだろう。明日も明後日も、その次の日も、こんな毎日がいつまで続いていくのだろうか。
結っていた長い髪が解けて女が悶えた。それを見て他人事のように浮かんだ思いを毅は投げやりに宙に放した。
身体に痛みと疲れはあるものの、それを凌ぐ悦びが毅を飲み込んでいた。その悦びは無数の矢に姿を変え毅を射抜いていくようでもあった。その悦びを前に、毅は処刑台に磔にされた罪人のように身動き一つとれないでいた。気が触れたように声を挙げだしたかと思うと、女は更に激しく腰をくねらせた。肉弾のような胸が暴れるのを見上げながら、毅は絶頂に達した。
漆黒の宇宙に漂う名も無き星々と同じように、引き付けられる力だけで人間同士が巡り会うというのならば、自分とこの女との交わりはどう説明がつくのだろうか。
二度目は避妊具を外すように女は言った。その物言いが嘆願するようなものだったので、どうでもよくなって、毅は頷いた。不必要に大きくて柔らかな枕に埋もれた頭が、また少し沈んだ。どうでもよくなった。
労い、すがる様に、女は紅くなった毅の性器に舌を這わせた。痛みが性器の表面に沁み広がる。隆起した柱を体の深部に挿し入れる要領で、女は腰を沈め、硬直した異物を柔和な自分の体に馴染ませるように動き始めた。直接擦れる女の体内は、それまでよりも確かに熱かった。否応無く微かな襞の動きも伝わってくる。目を閉じ背中を反らせて上を向く女の口が僅かに開いているのを見上げる。堪えるように下を向き、急に前のめりに毅に覆いかぶさった。荒くなった女の息が毅の顔にかかる。毅は悪臭を匂いだ。腐臭に似ている匂いを毅は鼻から思い切り吸い込み、自分の胸が膨らんだのが見えた。それまで、頭の隅で拒んでいた女と快感を分かち合っている事実を、毅は受け入れた。
毅の視界の隅で、ソファで自慰に耽っていた古泉が、鼾を立てて眠り始めた。
「もう分かったろ。女なんてもんはよ、こんなもんだ」
毅は味噌汁を音を立てて啜った。前歯に絡んだわかめを舌で剥がして飲み込む。さっきから鼻が詰まっていて味噌汁の匂いは毅には届かない。空っぽの胃袋に温かさだけが広がる。
「男も女も根っこのとこは同じだ」
急に和美の釣りあがった目尻と後ろから見た裸身が同時に脳裏に浮かび、洪水のように彼女の何もかもが毅を襲いかけた。
「頭よりもここで考えてんだ。ははは」
古泉は毅の股間に手を伸ばし、強く性器を握ってすぐに離した。そして口だけで笑った。
自分を置き去りにトイレを出て行った中間テストの日の放課後、和美が自分に送った視線を思い出していた。
視点が定まらず呆然としている毅を見に、古泉は嗤った。
駅前の公園からネットカフェに住処を変えた古泉は快活に話す。おもむろに毅の牛丼の上に紅生姜を一つまみ載せる。古泉の黒い土が入り込んでいた爪もきれいに整えられていた。生活は良くなったであろう。
毅は、まだ古泉の目が笑ったところを見たことがなかった。大きく茶色い唇の口角だけを上げて、にやりと笑う。古泉の笑いは呑まれてしまいそうな笑みだった。
「十八で、こんだけの女を知れるなんて夢見てえな話だ」
横に座る古泉のぎとぎとと脂ぎった視線を毅は感じた。
「そんな陰気な顔すんな。ちょっと疲れたな。今日はお前何回やった? 最後のばばあには二回も絞られたもんな。あいつからは二倍とっといたから・・・・・・」
カレーライスをのせたスプーンを皿に戻して古泉は財布から千円札を二枚テーブルに置いた。古泉の折りたたまれた財布からは入りきらなくなった紙幣がはみ出していた。
「急にいろんな女と寝たから初の頃は仕方ねえ。そのうちすぐに慣れる。明日はもっといい女と寝かせてやるよ」
上機嫌にあれこれと話す古泉の横で、毅は牛丼を食べた。練習の後にはすぐに平らげた大盛りが、胃の底に少しずつ溜まる。食べながら胸が焼け、何度もげっぷが出た。
「飯は奢りだ。セックスしてただ飯食えて駄賃ももらえるなんて羨ましいなー」
食べ終えた古泉は毅の耳元で言って、店を出た。
和美のことはいつも毅の脳裏のどこかに映し出されていた。学校を休みだしてから一週間以上が経つ。和美からの電話には一度も出なかった。しばらくそっとして置いてくれと
和美からのラインには当初返信していた。それでも毎日、毅を励ますラインが届くようになると。既読もつかないように、無視するようになった。
店の時計は午後三時を指していた。まだ授業を受けているだろう。今、この時も和美は受験に向けた勉強をしている。そして授業が終われば、ランニングシャツにランニングパンツに着替え、綺麗なフォームで颯爽とグラウンドを風のように走る。心地よいスパイクの音を立てて。
彼女はどんな大人になっていくのだろう―。来年には志望する大学に合格し順調に将来へのステップを上がるんだ。華々しい未来だけが、彼女を待っている。そんな彼女は今もなお、自分を想っているのだろうか。そうだとしても、そんな時間がそう長くは続いてはいかない。
二人で行ける花火大会が今から楽しみです―。
最後に既読にしたラインの絵文字で装飾されたメッセージを、毅は躊躇した末削除していた。牛丼を半分残したまま、店を出た。
店の前に停めていた自転車は、後輪の空気が抜けていた。確かめてみると、栓が緩められていた。誰が緩めたのだろうか。通りがかりの誰かだろうか。まさか古泉か。だとしたらどうしてわざわざそんなことをする。誰がどんな目的で、自分にそんなことをするのだろうか。何もかもが誰も彼もが自分に冷たい。毅はそれ以上考えるのをやめた。
自転車を押しながら賑わう駅前を当てもなく歩く。これを人は放浪と呼ぶのだろうか。もしそうならば、以前にもこんな気持ちでやり場のない体の置き場を探して歩いた人がいたことになる。そんな人の存在が放浪という言葉を作り、その言葉がまた新たな放浪する人間を生む。自分はその末端にいるのだろう。自分と同じく見の置き場のない、そんな人と巡り会いたい。
全身を薄い膜が覆っているのか、耳に届く音も遠くに聞こえ、蒸し暑さすらも感じなくなってきた。女たちと交尾のようなセックスをした後の世界は、不思議と美しかった。




