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功治の迷い

六月十五日


 功治はまだ目の覚め切らない自分の体にホームの自販機で買ったばかりの清涼飲料水をに流し込んだ。ベンチに腰かけながら一口一口飲みこむ冷たい液体に胸から腹がひんやりとする。


箱根湯本のプラットホームにはまだ人影はない。朝霧の薄くかかる無人のホームで一人、カバンから取り出すのはReadingの教科書である。功治は英文を音読し始めた。サッカー部の先輩から教えてもらった英語習得方は単純明快だった。ひたすら英文を音読することだった。その先輩とはサッカーで高岡高初の冬の選手権出場を果たした年のキーパーの選手だった小崎勝だった。冬の選手権にまで出場して、在京の国立大に現役合格している。早朝の英文音読は小崎仕込の功治のルーティンである。二ページほど読み終えたら、いつものようにホームに列車が入ってきた。


箱根湯本から高岡高のある清水駅までは乗換えを含めて二時間弱、眠気に押し潰されそうな早朝の時間を、毎日功治は電車の中で過ごした。始発の車輌にはまだ人はおらず、英語の音読を終えると、立ったまま古文と漢文の音読に取り掛かる。小崎曰く、音読に勝る学習法はなしであった。


車内に人が増えてきたので、ヘッドフォンで音楽を聴きながらドアに平行に立ち、二つ目のルーティンを始める。進行方向に頭だけ向け、打席に立って投球を見る要領で、猛スピードで向ってくるコンクリートの柱を目で捉える。目が慣れてくると何本目かの柱に打たれている四桁の番号が見える。次にその四桁の番号を足したり、引いたりと計算をする。まだ半分寝ている脳を起こす。


次に線路に敷き詰められた石の形を目に焼き付けてみたり、線路際の道を自転車で走る高校生や犬の散歩する人など流れる景色を観た。線路沿いの桜の木が、燃えるように緑の葉を茂らせていた。思わず功治は窓を開けた。枝が擦れる音が聞こえる。流れ込む風を鼻から吸い込む。


爽やかな空気の流れにさらされ、すっかり功治の頭も体も目が覚めた。


考えろ、考えろ、と功治は腕を組んだ自分に言い聞かせた。考えるものは何でもいい。


木々の若葉や芽吹いて間もない草花の匂いが混じりあった空気が車輌に吹き込み続ける。功治は思索すべき何かが自分の奥から浮かんでくることをまったが、何も浮かんでこなかった。


大会の開幕を一ヶ月前に控え、下がり始めた自分の打率。


―なぜ打てない

―いや打てないことはないな

―俺が打てなきゃ優勝はない

―すぐに打てるようになるな

 当初はシャボン玉が弾けるくらいの小さな音だった胸の中の囁きが、少しずつ耳障りな声となって聞こえだしていた。


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