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紅白戦~毅の負傷~

三打席目。

初球。指先を離れた瞬間に毅の体は、そのボールが三度自分に投げられるのを確信した。黒田の指先に引っかかったスライダーはインコースから更に内側に食い込んでくる。インコース低めいっぱい。また来たか。もしかしたら、少しストライクゾーンを外れるかも知れない。


―今の俺なら仕留められる。


腰を入れて脇を絞ってスイングに入った毅はそのスライダーが、鋭く切れるように自分の体を掠めていくのを見た。


懸命に両膝を引いたが、間に合うか。上手く避けるには打ちに行きすぎた。

自分の動きと黒田の球筋がスローモーションで動く。


ボールは左膝の内側に当たった。大きく跳ね返らず、ぽとりとバッターボックスにボールは落ちた。毅は、前のめりのまま、ホームベースの上に倒れた。


痛みを感じるよりも先に、諦めとも落胆とも言えぬ思いが入道雲のように立ち込めた。この怪我が治るにはどれくらいかかるのか。


―もう間に合わないかもしれない。


そう思った途端、未体験の痛みが、一瞬にして左膝から体を貫通するように脳に到達した。


「色気を出しすぎたな」


練習後、膝を氷で冷やしながら、毅は功治とベンチに腰掛けていた。


痛いところを突かれた、と毅は思った。腕の短い毅はバッターボックスホームベース寄りぎりぎりに立つ。それでアウトコースのボールを対処できるようになるが、その位置に立つと、当然体に近いボールを避ける技術も求められる。いつもの自分なら、楽にかわせたボールだった。


一年生がグランドを整備し始め、二、三年の自主練習が始まっていた。


「お前、なんでスライダーを狙えって言ったんだ?」


毅の紅白戦での大当りは功治の言うとおりスライダーを徹底して狙った結果だった。


「そんなのは簡単だな。勝負の鉄則は相手の弱みに自分の強みをぶつける。これしかない」


「・・・・・・で?」


「黒田の紅白戦前のピッチング練習見たか?」


「いや」


「それくらい言われなくても見ておけよ」


「・・・・・・」


「あいつ、今日は体の開きが早くて変化球の曲がり始めが早かった。あいつはそれを意識し過ぎて指先でそれを修正しようとしてたからな。そんなことしたら余計に変化球のコントロールが安定しない。だから変化球はストライクとボールがはっきりと分かる投球にならざるを得ない。ストレートは切れがあるだろ。だからあのストレートをお前が打ってもヒットにはならない」


「あまく来る変化球を狙う。そういうことか」


「それに、いつもお前はバッターボックスのピッチャー寄りに立ってるから、ストレートと球筋があんまり変わらないスピードの遅いスライダーの曲がり始め、一番打ちごろの球を叩けるわけだ。だからあんなミラクルホームランも出たわけな」


「相手の弱点に自分の強みをぶつけるって・・・・・・」


「それに加えてやつの性格な」


 毅は向こう側のベンチで一年生マネージャーに自分の右肩を冷やし方を教えている黒田を見た。毅は唇を噛んで、右足のスパイクの歯で土を蹴っていた。土に紛れている砂がシャリシャリと軽妙な音を立てている。


「すみませんでした」


 俯いていた毅は頭を上げた。

 右肩にアイシングをした黒田が前に立って頭を深く下げている。毅が何も言わずにいると、もう一度繰り返した。


「しょうがねえよ。気にすんな」


「ほんと、すみません」


「でもあのスライダーだけやけに切れてたな」


 毅は笑いながら言った。


「ほんと、ほんとにすみません。力みました。今日の山浦さんにはどこに投げても打たれるような気がして、ビビッてました。だから厳しいところに投げようと」


「蛇に睨まれた蛙だったわけか。蛙も命がけなら蛇にも噛み付くって聞いたことがあるわ。でも明後日くらいからは普通に歩けるようになると思うから大丈夫だ」


「二度打たれた球で勝負に来た・・・・・・」


 横から功治が口を挟む。


「俺はそういう黒田がいいと思うな。来年はエースだ。でも、熱くなりすぎるなよ。勝負は熱くなったら負けだな」


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