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コイズミ


「なんだよ、あのホームレスは、お前とどういう関係なんだ」

 

 そう言い終える前に、昨秋の体育祭の後、赤組のだぼだぼのオリジナルTシャツを着たホームレスが駅前にいるとの噂が立ったことを毅は思い出した。


「ちょっとした知り合いかな。元気なときはもっと愛想がいいんだ。ちょっと疲れてたのかな」


ふつう、そんな言葉が相応しい様子で、功治は続けた。


「死にたいと思ったことは無いか聞いたんだよな」


「……あのおっさんにか?」


「ちゃんとあのおっさんにも名前もあるんだ」


「名前も知ってるのか?」


「おう、コイズミさん」


小泉、今泉、どちらのコイズミなのかと考えたが、すぐにどうでもいいと毅は思った。


「そしたらさ、昔は毎晩死のうかと思ってたってさ。でも朝になると、腹の底から力が湧いてきて、何とか一日一日乗り切って来たらしい」


「何だよ、その力って」


「わかんねえよ。それ以上知りたければ、直接自分で聞いてみな」


「あほか。あんなホームレスと誰がわざわざ話をするんだ。ほんとに驚いたよ。何考えてんだおまえ」


 その言葉に功治は応えず牛丼屋の前に止めておいた古い自転車の籠にバックを入れた。大きなバックを片手で軽々と扱う。自分には大きくて扱いにくいバッグもあんなに簡単に持ち上げる友人を毅はとっさに羨ましく思った。籠に入りきらないバッグが半分はみ出しているのが不意に滑稽に思えた。


「じゃあな」


「おう」


 駅前の自転車置き場まで乗って帰る功治の後姿を、毅はぼんやりと見ていた。目の前で繰り広げられる出来事に思考がついて行かず、時間を置いて少し前の功治とのやり取りを追いかけていくのが精一杯だった。


「お前、今どこか怪我とかしてないか? 怪我じゃなくてもどっか痛いとこでもいいぞ」

 

 立ち漕ぎで自転車を引き返してきた功治は、意外なことを毅に聞いた。


「え? ほんとは先週から右膝が調子悪い。完全には曲がらないんだ。」


「よっしゃ!」


びっくりする様な大きな声で、功治は子供のような笑みを浮かべた。


「それどういう意味だよ!」


「明日練習終わったらまたさっきのコイズミさんとこ行こうな。じゃ!」


もう功治の挙動について考えることはせず、毅は力なく笑った。


 脱力した体で右足を引きずりながら毅にはまた笑いが込み上げてきた。功治が渡したカップ酒はおもちゃのように小さかった。あの猪口のようなカップ酒をきっと店員が深入りする気をなくすような頓珍漢な口実を使って買ったのだろう。それとも店員を威圧する表情でも見せたのだろうか。


「あいつが持つと何でも小さくなっちまう。あいつは、小さな地球を抜け出して本当に宇宙にいっちゃうのかもな」


牛丼屋のオレンジ色のネオンが作る自分の小さな陰を毅は見た。


「小さすぎる」


あの男の顔と黄色い歯が重なり、交差点の方から、クラクションと男の怒鳴る声が重なった。


 死にたいと思ったことがあるかをあの男に尋ねたと功治は言った。腹の底から力が湧いてきたとあの男は答えたそうだ。



 毅は功治がアップした詩とも言えぬ文章を思い出した。


ニュートンが見つけた宇宙の法則が全てを支配するならば、

りんごは木から等加速直線運動で加速していき、やがて地面に落ちると決まっている


地球は一年に太陽を一回廻ると決まっている

俺の打つ球は、ピッチャーが投げた球の速さとバットの重さとスイングスピードでどこまで飛んでいくか決まっている

・・・・・・


どんな物的な運動も行く先が決まっている

きっと俺の将来だって決まっている


ニュートンの見つけた宇宙の法則が正しければな


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