遭遇 ~毅とホームレス~
五月二十五日
駅前の牛丼屋で夕食を済ませた後、付き合って欲しいと言う功治の後を毅はついて行った。
牛丼屋から歩いてすぐのところにある公園には夕食の残りをえさとして与える女のて手懐けた猫がたくさんいた。猫の餌の生臭い空気が、ビルに囲まれ風通しの悪い公園に漂う。陽が当たらない公園の脇を、毅は何度か通ったことはあるが、独特な生暖かい空気を湛えたその四角い空間に進んで入る気にはなれなかった。
そこを囲むように林立するビルの窓からこぼれる光に薄っすらと炙り出されるように見える公園に自分が近づいていく。どことなく現実味のない光景だ。葉を茂らせた木々の間から公園の中の様子が窺う。蛾の集る白い外灯が浮かび上がらせたベンチには一組のカップルが座っている。互いの体を寄せ合い息のかかる距離まで顔を近づけて何やら囁いている。功治は一瞥もくれず変わらぬ大きな歩幅で公園に入っってもズンズン歩く。どうやら入口から最も遠いところにある便所に功治は向かっているようだ。どこに行くのかという問いを毅は飲み込み、黙ってついて行った。便所の前は、弱い電灯の光に狭い円を描くように照らされている。その光の円形から少し外れた所に、便所の壁に背中を預け、両足を開いて投げ出している男と思しき人影が見える。人影は腕を組み、首を垂れている。表情どころか目が開いているのかすら、毅からは分からなかった。
「おい、ここかよ」
声を潜めて毅は言った。
「おう」
「何だよ、何の用なんだよ」
「黙っていろよ。大事なことなんだな」
功治は躊躇することなく、その男に近づいていく。大きな背中の後を言われるまま毅はさらについて行った。
「こんにちは・・・・・・んばんは」
その大きな背中かから聞こえたのは功治の普段どおりの太く通る声だった。
しかしその自分はきっと見知らぬ世界に入り込んでしまったのだと毅は思った。毅は背中の横から恐る恐る男に視線を送る。座った男からは、嫌な臭いが漂ってきそうで、毅は口だけで息をした。功治は一体何をするつもりなのだ。男はゆっくりと首をもたげた。寝ていたのか。腕を組んだまま、功治を見あげ、そして、その後ろにいる毅にも視線を向けた。
「友人です。一緒に野球をしている友人です」
そう丁重に紹介されては目を逸らそうにも逸らすことができず、目礼をした。
「こんにちは・・・・・・こんばんは」
男は毅を少し見ているようだったが、その声には反応せず、また功治を見上げて二言三言いった。すると功治はバッグのポケットから取り出したカップ酒と昼食時に配給される赤いパックの牛乳をその男に差し出した。
「おう。いつもありがとな。カルシウムはこれで補える」
潰されたような擦れ声で男はそう言った。
「いえ。また来ます」
「気をつけて帰れよ」
「はい。失礼します」
男の黄色い歯が、毅にはなぜか眩しく見えた。功治は男とそれだけ言葉を交わすと、くるりと向きなおり、歩き出した。さっきのカップルを毅は探したが、もうそこにはいなかった。また先を行く功治の後ろを、毅は何とも説明のつかない心持でついて帰った。




