和美
「功治君は、『永遠なんて無い』って言うわけね」
和美は挑むような、誘うような目で功治に言った。
学食には、午前中で授業が終わって時間を潰している3年がポツンポツンと居残って席を埋めている。
「そういうことだな」
「でも永遠を感じることってあると思わない?」
「感じることは誰だってできるな。ただし感じるだけでそれは存在していないってこともよくあるな。それを錯覚という」
学食を出かけた毅は、どうも二人の話の成り行きが気になって出入口に立って黙って成り行きを見守っていた。
和美の粘着質な話と、功治の無機質な話はいつまで会話として成り立って進んでいくのだろうか。観客としての毅は、口元にまだ笑みに成りきらない笑みを浮かべながら聞いていた。
「信じることで、感じることでその想いや観念は永遠になるってことは有りうるんじゃない?」
「いくら信じても、想っても、それはすぐに消えてなくなっちゃうな」
「例えばね、例えばよ。わたしは両親の思いを受けて生まれてきて、そしてそれをわたしが引き継いでそれを子供に受け継がせて、その子から孫へって」
「仮にそれが続いても人類が滅びるか、地球が消えたら、それも消えるな」
「・・・・・・」
「宇宙人がなぜ地球に来ないか、また何故人間が宇宙人を発見できないか知ってるか?」
「知らない」
尖った声が毅にも届く。
「それはな、文明がある程度発達すると、その星の環境を破滅的に破壊して、その生物も滅びるらしい。そうホーキングの本に書いてある」
地を這うような低く重そうな声が床を伝う。
「へー」
和美が大きな目を見開いたのが分かる。
「宇宙では星が出来ては消え、生命が誕生しては滅びる。そんなのは宇宙の時間にしてみれば、ほんの短い時間の出来事だな」
「その星が出来ては消える短い時間の、さらに短い一瞬の、その中のそのまた一瞬に俺たちは生きてさ、そこの中で永遠がどうのと言っているわけだな」
返しようのない功治の強いスマッシュが立て続けに和美のコートに決まったかのようだった。
「でも、よ。でも・・・・・・」
―強烈なスマッシュを和美はどう返すのだろうか。
毅は耳を澄ました。
「想いや、信じたものに場所は必要ないんじゃない? 想いや信仰には形も匂いも面積も体積もない」
功治は意味を取りかねている。
「例えばわたしは本を読む。そのとき主人公の心の中に入り込むでしょ。そして、その人物を創り出した作家の心の中に入り込む。何十年も何百年も前の作家の心の中に、私はタイムスリップする。もうこの世に存在しない人の心の中に住み着くことだってできちゃうわけ。だから時間や空間なんて完全に無意味だし、はじめから宇宙を説明する数式なんて通用しない領域もあるの」
毅の場所からは功治の表情は窺えない。眼鏡を中指で動かしたのだけが見えた。
「だから、たとえわたしが死んでも、わたしの想いはずっっっと、ある場所に漂って残るんじゃない?」
「漂うには場所が必要だな。でもその場所は宇宙の消滅と同時に消える」
「想いに場所なんて必要ないんだってば! 想いがあれば充分なの! わかんないなー」
毅の耳には、遅い昼食を摂っている生徒たちの皿とフォークが立てるかしゃかしゃという音しか聞こえなくなった。
「わたしはずっと存在し続けるっていう確信がなければ、何も想えないし、全てがいつか消えて無くなるなら、こうして自分が存在していること自体、すごく意味がないことに思えるし、不安で不安で仕方がないの」
「そう言われても、さっき言った通り、願望と現実は別物だからな・・・・・・」
功治の言葉を聞くと毅は教室へ歩き出した。学食と教室棟を繫ぐゴムのラバーを塗り替えられた真新しい廊下を歩きながら、和美の焦りはどこからくるのだろうかと考えていた。